INTERVIEW

100年企業が新たな理念で挑む第二創業
4代目が多角化で次代のトビラを開く

興味のあるトピックが一つでもあれば、この記事がお役に立てるかもしれません。

  • 既存の事業だけでは、これからの会社の成長を描けない
  • 先代から受け継いだ会社を、自分らしい経営へと進化させたい
  • 事業が多角化する中で、社員が同じ方向を向く組織をつくりたい

増田石油株式会社は、2026年6月に創業100周年を迎えました。1926年、長崎で魚のトロ箱の製造販売から始まり、漁業、漁船向けの石油販売、自動車向けのサービスステーションへと拡大。4代目社長の増田成泰さんは、2010年に38歳で社長に就任すると、石油需要の減少を見据えて積極的な多角化に乗り出しました。現在は石油事業を基盤に、コンビニエンスストアや飲食店、ホテル、ECなど、多彩な事業を展開。100周年を「第二創業期」と位置づけ、理念を刷新して新たな可能性を追求する増田さんに、100年の歩みと今後の展望を伺いました。

(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)

変化を恐れることなく、新しい事業へ挑み続けた100年

―御社は2026年6月に100周年を迎えられました。創業からの歴史を教えてください。

 

当社の歴史は1926年、私の曽祖父・増田茂吉が長崎で創業したところから始まります。当時、豊かな漁場を求めて徳島から九州へ数百人が移住してきて、その中心人物のひとりだったそうです。魚を入れる木製のトロ箱の製造販売で起業し、漁業や漁船向けの石油販売へと事業を広げていきました。

戦争によって一時中断を余儀なくされたものの、1948年頃に事業を再開。モータリゼーションの波を捉え、1955年には福岡市にサービスステーション(ガソリンスタンド)を開設し、自動車向け石油販売に進出しました。1959年に祖父が2代目社長になると、建設業や住宅販売、レンタカーなどにも事業を広げていきました。

 

 

―早くから多角化に取り組まれていたのですね。

 

そうですね。ただ、始めてはやめる試行錯誤の繰り返しでした。一方で、祖父は「福祉企業」を標榜し、当時の中小企業としては珍しく福利厚生や社員教育に力を入れていました。従業員を大切にする姿勢には、私も共感しています。その後、1988年に父が3代目社長になると一転し、採算の厳しい事業を削ぎ落とし徹底したコストカットで、強固な経営基盤を目指していきました。

 

―増田さんは、幼少期から後継者になることを意識されていたのですか?

 

長男なので、いつかは継ぐのかなと思っていました。東京の大学を卒業後はメーカーに就職し、経営を学ぶためアメリカに留学してMBAを取得しました。ただ、留学先には大手商社などから派遣され、世界を舞台に活躍する優秀な人たちが集まっていて…。私はもともと海外志向が強かったので、「地方でサービスステーションの経営か」と心が揺れたこともあります(笑)。しかし最終的には覚悟を決め、2002年に31歳で増田石油へ入社しました。

石油への依存から脱却し、会社と社員の選択肢を増やす

 

―入社してみて、どんな印象を持たれましたか?

 

正直なところ、「地方にある昭和の会社」という印象は否めませんでした。トップダウンの社風で、連絡手段は電話とFAXが中心。社員たちはがむしゃらに働いて疲弊しており、アメリカで学んできた経営手法とのギャップに戸惑いました。その後、現場で経験を積み、父の病気をきっかけに2010年、38歳で4代目社長に就任しました。

 

―社長に就任後、どんな方針を打ち出されたのか教えてください。

 

当時は石油事業が主力でしたが、石油の需要が減っていくことは明らかでした。かつて全国に6万か所あったサービスステーションは今半減していて、もともと利益率も低い。さらに、少子化が進む中、石油事業だけで人材を採用していくことにも限界があると感じていました。会社の選択肢と可能性を広げるため、脱・石油依存を掲げ、多角化へ舵を切ることを決意しました。

 

 

―現在はコンビニや飲食、ホテル、ECなど、多岐にわたる事業を展開されていますね。

 

この16年間、数多くのチャレンジの中で、失敗もたくさん経験してきました。例えば、ピザチェーンのフランチャイズは数年で撤退し、自社でゼロから立ち上げたスポーツジムはオープン直後にコロナ禍となり、うまくいきませんでした。また、M&Aをしたものの、買収先で以前から働いている方々とのコミュニケーションが難しくて手放すという苦い経験もしました。

そうした試行錯誤を経て、現在はセブン-イレブンやコメダ珈琲店、七宝麻辣湯をはじめ、M&Aをしたアウトドアブランドや波佐見焼の卸・小売、EC事業なども手掛けています。新規事業の採択は、金融機関等からのご相談をベースに、経営企画メンバーで徹底的に議論して決めています。

 

―事業の多様化は、組織や人材面にも影響を与えているのでは?

 

大きなメリットが生まれています。新事業の立ち上げに際し、社内で異動する人もいれば、新たに採用する人もいます。「今の職場が合わない」と悩む社員に新事業での挑戦を提案したり、社内公募に手を挙げて職場が変わったりすることで、才能を開花して活躍する社員が出てきています。事業の多様化は、働く人にとっての選択肢とポジションを増やし、可能性を広げることにつながると実感しています。

100周年を第二創業期とし、未来に向けた理念を策定

―御社の企業理念の変遷について教えてください。

 

増田石油では、創業65周年にあたる1991年、父の代で「わたしたちは、『生活創造企業』をめざし、多様な事業活動の展開をとおして地域社会に貢献します」「わたしたちは、顧客第一をモットーに、常に市場の動向に目を向け、質の高い商品、サービスを提供します」「わたしたちは、人間性尊重の立場で、一人ひとりの個性を重んじ、能力の開発と、ゆとりある生活の実現をめざします」いう理念を策定しました。社内のプロジェクトメンバーで作ったと聞いています。

その後、100周年に向けて5年前に新たなプロジェクトを立ち上げ、「エンゲージメントを高めよう」「新規事業を創出しよう」「チャレンジングな社員を育成しよう」「より良い社内の仕組みを構築しよう」など7つのビジョンを策定しました。

 

―2023年にはホールディングス化を果たされました。

 

事業の多角化とM&Aをさらに加速させるため、増田石油など4社を傘下におく株式会社BEYONDを設立しました。事業会社を増やすことで、将来の経営者を育成する狙いもあります。

その移行に際し、グループ全員が同じ方向を向く指針として、プロの知見も借りながら1年かけてフィロソフィーを定めました。パーパスに「次代を見極め、迷わず未来を変える。」、スピリットに「次代のトビラを開く」、バリューに「俯瞰・進化・謙虚」を掲げ、冊子にまとめて全社員に配布。2026年の100周年パーティで対外的にも発表しました。

 

理念を日々の判断基準にするため、対話を重ね根付かせる

―フィロソフィーを社内に浸透させるために、何かされていますか?

 

策定直後から、フィロソフィーの勉強会を継続しています。正社員約150人から毎月10人ほどが本社に集まり、専務が講師となって半日かけて事例発表や議論を行っています。開始から3年経ち、今は4周目に入りました。朝礼で唱和もしているので、言葉自体は覚えてくれているようです。

しかし、フィロソフィーはどうしても抽象的になりがちです。現場での判断基準として機能させるため、勉強会では具体的なケーススタディを取り入れ、地道に浸透を図っています。

 

―社内の雰囲気も変わってきましたか?

 

父の代はトップダウン気質で、言語化や理念を意識することはありませんでした。利益追求が最優先の時期だったのだと思います。しかし、今は一人ひとりに力を発揮してもらうことで会社を成長させたいと考えています。そのためにフィロソフィーを軸にして、毎年スローガンや部門ごとの方針、目標も言葉にして共有しています。

 

 

社内対話の基盤として、1963年から1度も欠かさず毎月発行している広報誌「増苑(ぞうえん)」の存在も大きいです。2026年8月で通巻760号を迎えました。企画から取材、編集まで全て社内スタッフが手掛け、世代や拠点を越えた社内コミュニケーションのツールとなっています。

「現状維持は衰退」だから、執着を捨てて進化を続ける

―経営者としての信念をお聞かせください。

 

私の座右の銘は「現状維持は衰退を意味する」です。当社の歴史を振り返っても、失敗を重ねながらも新しいことに挑み続けることで進化してきました。既存の石油事業だけに固執していたら、衰退は免れませんでした。

 

 

―撤退の判断もスピーディな印象を受けます。

 

前提として、社運を賭けるようなギャンブル的な投資はしません。堅実さが根底にありながら、失敗を恐れず挑戦するスタンスです。

パーパスの「迷わず未来を変える」には、決断を躊躇せず、引き際を早く見極めるという意味も込めています。もちろん粘り強く続けることで成功する場合もありますが、私は執念や根性だけでうまくいくとは思えません。成功の見通しが立たない事業に対して、自分のエゴや執着を持ち込まないように意識しています。

 

―最後に、今後の展望をお聞かせください。

 

100周年を「第二創業期」と位置づけ、エネルギー事業を軸としつつ、第2、第3の柱を作ることが大きな目標です。今のところ「食」と「EC」を注力分野にして、海外とつながるビジネスも視野に入れています。

学生時代は社長になりたいという願望が全くなく、サラリーマンとして海外勤務をして、そこそこ出世できればと思っていました。でも、実際に社長になってみると、この立場だからこそ出会える人や経験に恵まれて、自分自身も成長させてもらっていると心から感謝しています。これからも仲間とともに次代のトビラを開き、果敢に未来を変えていきたいです。

 

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増田石油株式会社(BEYONDグループ) 

増田 成泰さん

1971年、長崎市出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、1994年株式会社東芝に入社。米国ジョージワシントン大学MBA留学、エクソンモービル日本法人勤務を経て、2002年増田石油株式会社に入社。2010年4月に代表取締役社長に就任。

会社情報

社名
増田石油株式会社(BEYONDグループ) 
代表者
代表取締役社長 増田 成泰さん
本社所在地
福岡市中央区大手門3-4-5
従業員数
正社員160人、準社員/短時間社員480人(グループ計/2026年6月現在)
創業
1926年6月
事業内容
石油・エネルギー事業、カーライフ事業、飲食・小売事業、ホテル事業、EC事業
会社サイト
https://www.masudag.co.jp
https://www.beyondg.co.jp
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