INTERVIEW

「世の中の体温をあげる」を理念に掲げ
理念が「やりたいこと」になる組織づくり

興味のあるトピックが一つでもあれば、この記事がお役に立てるかもしれません。

  • 「人の気持ちを動かす仕事」でキャリアを積む
  • 離乳食騒動で確信した、理念が根付いた組織の強さ
  • 理念は教わるものでなく、日々の実践で育っていく
  • 理念が一人ひとりの「やりたいこと」になる組織へ
  • 損益分岐点ではなく「幸せ分岐点」を目指す
  • 共感でつながり、自分・会社・社会の体温をあげる

株式会社スープストックトーキョーは、「世の中の体温をあげる」を企業理念に掲げ、全国で約70店舗を展開するスープ専門店「Soup Stock Tokyo」を中心に、一人ひとりを大切にするブランドづくりに取り組んでいます。2024年4月に取締役社長へ就任した工藤萌さんは、大企業とベンチャーでマーケティングを軸にキャリアを積んだ後、ブランドへの強い共感から入社。理念を起点とした経営をさらに深化させています。企業理念が息づく同社のカルチャーと、これからの組織のあり方について伺いました。

(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)

「人の気持ちを動かす仕事」でキャリアを積む

―まずは工藤さんの学生時代からの歩みを教えてください。

 

大学生の頃は、資生堂を目指すか英語教師になるかで迷っていました。最終的に資生堂を選んだのは、高校時代、アルバイト代で買った資生堂の口紅がきっかけです。化粧品には機能だけでなく、人の気持ちを前向きにする力があると実感し、そんな仕事に携わりたいと思いました。

 

入社後は、滋賀・京都で営業を担当しましたが、新ブランド立ち上げのタイミングで、ブランドが世の中へ出ていく過程に魅了されました。「こんなにワクワクする仕事があるのか」と感じ、本社異動の試験を受けてマーケティング部へ。当時史上最年少でブランドマネージャーを任せていただき、13年にわたってブランドづくりに情熱を注ぎました。

 

 

―2019年にはバイオベンチャーのユーグレナへ転職されました。

 

第一子の出産を機に「自分のマーケティングの力を何のために使いたいか」を改めて考えるように。社会課題を事業で解決するユーグレナの思想に共感して、転職を決めました。マーケティング部門の立ち上げや執行役員などを経験し、2023年3月から副業でスープストックトーキョーの顧問になりました。

 

―どのようなご縁だったのでしょうか。

 

当時の社長から「ブランドづくりについて話を聞かせてほしい」とお声がけいただき、月2時間の顧問として関わるようになりました。ただ、実はそれ以前から、スープストックトーキョーには特別な思いがありました。資生堂時代、仕事に没頭して疲れ切っていたとき、会社の近くにあった店舗に通っていたのです。咀嚼するのさえ億劫な日でも、スープにパンを浸して食べる時間に心も体も救われました。そんな原体験があったので、前社長に会ったときに「私はスープに救われました」と思わず感謝を伝えたことが、ご縁の始まりでした。

 

離乳食騒動で確信した、理念が根付いた組織の強さ

―顧問として関わり始めて、5か月後に入社されたのはなぜですか。

 

顧問になった翌月、離乳食をめぐる騒動が起こったことが決め手になりました。2023年4月、全店で離乳食の無償提供を始めると発表したところ、SNSを中心に大きな議論が巻き起こりました。肯定的な反響がある一方で、「一人客が排除されるように感じる」といった懸念の声もありました。

 

離乳食の提供は、子育てを経験した社員が自分の経験と企業理念をつなげ、やりたいと手を挙げたことで始まったものです。弊社は創業時から「Soup for all!」を掲げ、誰もが同じ食卓を囲めるようにしようという「食のバリアフリー」の考え方があります。ベジタリアンメニューや食べやすさ配慮食などを開発してきて、離乳食もその一環でした。私たちにとってはごく自然な取り組みでしたが、離乳食だけが切り取られて議論になったことに驚きました。

 

 

―その出来事が入社の決め手になったのですね。

 

私自身も一人の母親として、この出来事を決して他人事とは思えませんでした。ただ、この施策の目的は、ママやパパを助けることだけではありません。「世の中の体温をあげる」という理念の根底には、一人ひとりがその素敵な個性をすり減らすことなく生きられる社会をつくりたいという思いがあります。お子様連れのお客様にも、ゆっくりと温かな食事を楽しめる場所を届けたい。さまざまな背景を持つお客様を温かく包み込みたい。誰もが自分らしく過ごせる居場所でありたい。離乳食の提供は、そうした思いを形にした一つの取り組みでした。理念に誇りを持ち、自分たちの言葉と行動で向き合う従業員の姿に胸を打たれました。

 

―その後に発表した声明文も大きな反響を呼びました。

 

声明文を書く際には、社内で深く議論しました。謝罪して中止する、または黙って嵐が過ぎるのを待つ選択肢もあります。しかし、もし謝れば、理念を信じて取り組んできた自分たちを裏切ることになる。だから、謝罪は選びませんでした。

 

声明の最後を「スープストックトーキョー一同」と結んだのも、理念は会社や社長だけでなく、働くみんなのものだからです。発表前には全国の社員もオンラインでつないで、文章の読み合わせを行いました。理念が組織に根付いていることに感動し、私もその一員になりたいと決意しました。

理念は教わるものでなく、日々の実践で育っていく

―改めて、創業からの歴史を教えてください。

 

始まりは1997年、創業者の遠山正道が三菱商事の社内ベンチャーとして、物語形式の企画書「スープのある一日」を起案したことでした。1999年に1号店をオープンし、2000年に株式会社スマイルズを設立。その後、2016年にスープストックトーキョーを分社しました。

 

 

―「世の中の体温をあげる」という理念は、どのように生まれたのでしょうか。

 

分社のタイミングで、遠山がブログに書いていた言葉から制定しました。ただ、最初は「どういう意味だろう?」と感じる従業員も多かったそうです。そこから「こうやってお客さまの体温があがった」という具体的なエピソードを日々積み重ねて共有することで、少しずつ血肉になっていきました。

 

―理念を共有するための取り組みがあるのですか。

 

日ごろから、「体温があがった話」を社内ツールで共有しあい称え合うカルチャーがありますし、日々の会議の中でも一番重要な判断の軸として登場します。また、入社後の研修でも「自分にとって理念はどういう意味があるのか」ということを考える機会が度々あります。加えて、2016年から毎年、「Soup Stock Tokyo Grand Prix」を開催しています。全国の店舗から「世の中の体温をあげた」事例を募集し、選ばれた9店舗がステージで発表します。

 

約2000人の従業員のうち1700人ほどを占めるパートナー(アルバイト)が主役で、社員はサポート役です。これが成り立つのは、普段からみんなが理念を自分事化して行動しているから。私たちには接客マニュアルがありません。

 

 

―マニュアルがないのは驚きです。

 

マニュアルだけでは人の気持ちは動きません。それよりも「目の前にいるお客さまの体温をあげるために何ができるか」を考えてほしい。その結果、店舗ごとに驚くような工夫が生まれています。理念は暗記するものではなく、会社から「やるべきこと」として降ろされるものでもなく、日々一人ひとりが実践するものだと思います。

理念が一人ひとりの「やりたいこと」になる組織へ

―工藤さんが社長に就任されてから、理念との向き合い方で変わったことはありますか。

 

世の中ではよく使われる「理念浸透」という言葉に、少し違和感を持っています。「浸透」には上から下へ染み込ませる響きがあり、2016年に理念を掲げた当初は、浸透させるフェーズだったと思います。でも、今は一人ひとりが「理念は自分にとってどんな意味を持つのか」を考え、自分の言葉で語れ、行動できる状態になってこそ、生きた理念になるフェーズです。人は自分がやりたいと思えることなら本気になれる。理念がみんなの「やりたいこと」になっていることが重要だと思っています。

 

―自分の言葉で理念を語れるといいですね。

 

今年の新入社員研修では、最終日に「あなたにとって『世の中の体温をあげる』とは何か」を発表してもらいました。その中で、新卒のスタッフが「花瓶に一輪の花を生けるように」と話してくれたのです。「花瓶は人それぞれ違う。だから、その人に合った花を丁寧に生けたい」という表現が本当に素敵でしたし、実際彼のおもてなしは「私のことを大切に思ってくれている」と感じさせる温かさがある。理念が自分の大切なものになっていることを、とてもうれしく感じました。

 

 

―社長に就任後、経営スタイルは変えられましたか。

 

コロナ禍のような危機ではトップダウンが必要でしたが、私が社長になってからは、チーム経営を志し、一人ひとりの「発意(はつい)」を大切にするスタイルに舵を切りました。会議では、「私はこうしたい」を主語にします。売れそうだからではなく、「この人の体温をあげたい」という思いから提案が始まるのです。その方が、企画している側の体温もあがると考えているからです。

 

もちろん経営陣として採算は頭の片隅にありつつ、「どうすれば実現できるか」を一緒に考えます。企業理念はお客さまだけでなく、働く人のためでもあり、経営スタイルそのものが理念につながっていることが理想だと思っています。

 

―マーケティングのプロとして、新しい発想ですね。

 

私はマーケティング出身なので、市場調査や定量データから始まる世界にいました。でも振り返ると、自分自身が本当に必要だと思えることを大切にしてきました。

スープストックトーキョーには、マーケティング部ではなく「価値づくり部」があります。市場規模やトレンドを追うのではなく、理念の実現のために「大切な人が喜んでくれること」を徹底的に突き詰めるアプローチの積み重ねが大切ですし、そういった人の思いが信頼となり、やがてブランドになると信じています。

 

―経営方針はどのように従業員に伝えるのですか。

 

毎年2月に、次年度の方針などを全社員と話す「未来会議」を開いています。今年のテーマは「恋」でした。創業者の遠山の「自分の仕事は恋のよう」というポエムからインスピレーションを得て、私から社員へのラブレターという形で来期の戦略を伝えました。恋のように仕事も義務ではなく、内発的な気持ちから始まって夢中になってほしいという願いを込めました。

損益分岐点ではなく「幸せ分岐点」を目指す

―今後はどのような会社を目指しますか。

 

私たちは2026年度を「第二創業期」と位置付け、売上や利益拡大ではなく理念の実現を目指すために、「幸せ分岐点」というコンセプトを打ち出しました。

 

社長になる前、ある社員から「会社は成長し続けなければいけないのですか」と聞かれて、ずっと心に引っ掛かっていました。彼は「会社の成長」と「自分の幸せ」が結びつかないことに違和感を覚えたのではないかと気づきました。両者がつながらなければ、人は心から頑張れません。だから目指すのは「損益分岐点」ではなく「幸せ分岐点」。利益は理念を実現するための手段で、自分、会社、社会、それぞれの幸せがつながる状態をつくっていきたいです。利益がゴールならば大切なのは「損益分岐点」ですが、私たちにとって大切なのは、世の中の体温をあげ続け、ステークホルダーが幸せだと感じられることなので、このコンセプトに行きつきました。

 

 

―理念だけでなく、経営としても実践されるのですね。

 

情緒的な話で終わらせるつもりはありません。営業利益率や自己資本比率、給与上昇率、従業員エンゲージメントなども指標化し、理念と経営を両立させます。

 

目先の数字に急かされず、納得のいく仕事をするための時間を確保することも経営者の役割です。自分たちの体温があがるからこそ、業績という会社の体温もあがり、それが社会の体温をあげる。この正のスパイラルを証明したいです。

共感でつながり、自分・会社・社会の体温をあげる

―生産者の方々とも温かい関係性を築かれていると伺いました。

 

昨年、お米の調達が難しくなった際でも、農家の方々が「スープストックトーキョーにお米を提供したい」と言ってくださいました。毎年、店長たちも一緒に田植えや稲刈りに参加し、直接交流を続けてきたからです。農家の方々からは、自分たちが育てたお米が、どのような人に、どのように食べられ、喜ばれているのかを知ることのできる貴重な機会だと言っていただいています。立場や役割は違っても、それぞれの仕事を通じて、誰かの体温をあげていく。その連鎖を、ともにつくる関係になれていると感じています。

 

私はこれを「共感資本」と呼んでいます。会社や雇用の枠を超え、理念や目指すものへの共感によってつながる人が増えていくことはこれからの大きな強みになります。

 

 

―御社のサイトで紹介されていた「賞賛カード」が印象的でした。

 

私たちの5つの行動指針は「低投資・高感度」「誠実」「作品性」「主体性」、そして「賞賛」です。一緒に働く仲間が理念を体現していると感じたら、感謝や賞賛をカードに書いて伝えます。周囲から伝えることで、自分の得意や強みに気づき、もっとやろうと思えるでしょう。競争ではなく、お互いを認め合いながら個性を伸ばし成長していく組織でありたい。賞賛は本来、言葉でも伝えられるものですが、カードという形にすることで、一人ひとりの思いが丁寧に言語化され、組織の文化として積み重なっていきます。 この取り組みを知った取引先が自社でも導入されたと聞き、うれしく思いました。

 

 

―社長就任から2年余り。率直な思いをお聞かせください。

 

とても楽しいですし、意義のあるチャレンジができていると感じています。従業員の幸せと会社の成長が、ちゃんとパラレルになりつつあることが何よりうれしい。「この会社に入って、自分を好きになれました」「会社と仕事がこんなに楽しいなんて思わなかった」と話してくれるスタッフに会うたび、この会社に来て本当に良かったと思います。

 

私自身、社長就任後に第二子を出産しました。育児だけでなく介護や病気など、さまざまなライフステージにいる人に寄り添い、それぞれがやりがいを持って輝ける会社でありたいと思っています。

 

世の中では「楽しく働くこと」と「利益を伸ばすこと」は相反すると考えられがちですが、決してそうではない。私たちが楽しみながら成長し、成果を上げる姿を示すことで、その働き方に共感する会社を増やしていきたい。働くことをもっと前向きに捉えられる社会を目指します。自分の体温があがり、会社の体温があがり、その熱が社会へ広がっていく循環をつくることこそが、理念の実現だと信じています。

 

「企業理念ラボ」には、

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株式会社スープストックトーキョー 

工藤 萌さん

2004年、株式会社資生堂入社。営業経験後、一貫してマーケティングに従事。当時、史上最年少でブランドマネージャーを務めた後、グローバルブランドマネージャーを務める。第一子出産を機に2019年、株式会社ユーグレナへ転籍。2023年3月より株式会社スープストックトーキョー顧問、8月に入社し取締役に就任。ブランド戦略を軸に経営執行を推し進め、2024年4月より取締役社長。

会社情報

社名
株式会社スープストックトーキョー
代表者
代表取締役会長 遠山正道さん
取締役社長 工藤萌さん
本社所在地
東京都目黒区中目黒1-10-23
シティホームズ中目黒203
従業員数
社員257人、アルバイト約1700人(2025年3月現在)
創業
2016年2月(株式会社スマイルズより分社)
事業内容
外食事業(Soup Stock Tokyo、100本のスプーン)、冷凍スープ等の物販店事業(家で食べるスープストックトーキョー)、EC事業、BtoB事業(百貨店や量販店への卸売、オフィス向け福利厚生、医療・保育施設への冷凍スープ等の提供)
会社サイト
https://www.soup-stock-tokyo.com
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