創業10年でワクワクを求め理念を再策定、
予想外の連続で社内外に効果あり
興味のあるトピックが一つでもあれば、この記事がお役に立てるかもしれません。
- 起業すると仲間が次々に集まり、1年30人超に
- 理念を通して、会社の意義や未来をみんなで考える
- 社員主導のプロジェクト型で、思いもよらぬ理念が誕生
- 理念アワードで社内浸透を図り、採用や営業にも好影響
- 若手の成長に喜びを感じつつ、3年で「チェンジ バリュー」
2014年に東京・五反田で創業し、クラウド技術のプロフェッショナル企業として着実に成長を遂げてきた株式会社エニシアス。代表の玉置圭介さんは、コロナ禍を経て業績は順調だったものの、“自分がワクワクできない状況”を課題に感じ、そこから脱すべく経営理念の再策定にのぞまれました。その進行をプロジェクトメンバーに任せたところ「思いもよらない言葉になった」こと、策定後に行った理念アワードでも「自分が予想していなかった部門の社員が最優秀賞になった」ことを、とても楽しそうに話します。どのようなプロセスをたどり、どんな変化が起こったのか、詳しく話を伺いました。
(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)
起業すると仲間が次々に集まり、1年30人超に
―玉置さんが起業されるまでの経緯を教えてください。
僕は学生時代からバンドを組み、音楽に熱中していました。YMOを見たとき、シンセサイザーというハードウェアに一目ぼれをしてキーボード担当に。まわりにはプロになった人もいるのですが、今考えると僕には熱量が足りなかったと思います。他にやりたいことがなくて、25 歳でたまたま入ったのがIT業界でした。家から近い渋谷にオフィスがあり、朝10時出社で、GパンとTシャツで仕事ができると知って軽い気持ちで受けたら採用されたのです。入ってみると、大手メーカーの下請けで、建設省(現・国土交通省)や道路公団などのシビアなプロジェクトをやっている小さなソフトハウスでした。コンピューターのことは全く分からなかったけど、一生懸命勉強してプログラミングができるようになりました。ただ、想像を絶する長時間労働が続き「プロジェクト管理方法への不満」が芽生え始め、また「10年後も同じことが出来るのか?」と考え、8年で退社しました。
―働きながらプログラミングを身につけられたのですね。
それから個人事業主を経て、2001年に仲間と起業したものの、その会社はうまくいかずに空中分解。その後、別の会社に所属しましたが、諸々の理由によりその会社を退職し、後に立ち上げた会社がエニシアスです。エニシアスには、前に一緒に起業したメンバーやもともとお客様だった人などもいて、いろいろな人たちに助けてもらったという思いが強く、「縁(えん・えにし)」を大切に「明日(あす)」を創っていくという思いを込めた社名にしました。

―何人で立ち上げたのですか?
4人です。ただ、僕が社長に就任したのは翌年で、その1年間に以前お仕事をご一緒していた人たちが一緒にやりたいと集まって来てくれて、あっという間に30人を超えました。
―人望があるのですね。人集めに苦労される会社が多いのに、なぜ人が集まったのでしょう。
どうしてでしょうね。本当にわからないんです(笑)。僕は、最初の起業でベンチャー社長の大変さを横で見ていたので、社長という仕事だけは絶対やらないと決めていたんです。でも、一緒に立ち上げた現取締役の遠藤から、僕が社長をやれば人が集まるからと説得されて、やることになりました。
―どんな会社にしたいと思われていましたか?
僕自身、会社で自分の考えが通じない苦い経験があったので、一人ひとりを認められる会社にしたいと思っていました。技術的に何をやるかは決めていなくて、集まってくれた仲間がいれば、何をやっても楽しいんじゃないか、くらいに能天気に構えていました。
―そう思えるようないい仲間が集まっていたのですね。創業されてからの変遷を聞かせてください。
最初の2年は、昔からつながりがあったお客様から声をかけてもらい受動的に流れの中で仕事をやっていました。でも、差別化しなければいずれ選ばれなくなってしまうという危機感があり、2017年からGoogle CloudとSalesforceに取り組んで認定パートナーとなり、クラウドベンダーへと舵を切りました。2020年には環境を変えてITサービスのクレスコグループに入り、今はAI関連の製品開発、AI活用サービスにも取り組んでいます。
―今は社員が120人くらいですね。業績も人もだんだん増えてきたのですか?
業績はおかげさまで右肩上がりですが、社員については100人から120人までは結構時間がかかりました。最近は120人ほどに落ち着いています。社員が知人を連れてくるケースが結構あり、今年は新卒が8人入社します。
理念を通して、会社の意義や未来をみんなで考える
―経営理念について弊社にご相談いただいたのは、2023年の夏頃でした。改めて、きっかけを教えてください。
クレスコグループに入ってすぐコロナになり、100%在宅で仕事をして2、3年経ったタイミングで、業績は落ちないし良かったけど、なんだかつまらなく感じたんです。起業当時の「ワクワク感」みたいなものが無い。社員にとっても「面白いのかな?」と思ってしまって。自分たちの存在意義や自分たちらしい成長について考えるために、理念が必要なのではと考えているときに企業理念ラボの古谷さんと出会い、依頼しました。
―当時、ワクワクしないと言われていましたね。
コロナで閉塞感がある中、理念を掲げることで、僕はもちろん社員たちがいろいろ考えるきっかけになればと思いました。

―2024年1月に理念策定のプロジェクトをスタートし、8回のミーティングを経て5月末に完成しました。
最初に私のインタビューでいろいろ吐き出させていただき、社員に理念を作ってもらいたいという私の意向により、プロジェクトメンバー6人で経営理念チームを組みました。人事担当をはじめ、技術がトップレベルの人、次の経営幹部候補など、いろいろな部署から20~40代のメンバーを選び、6人のうち2人は女性になりました。
―玉置さんは一部だけオブザーバーとして参加されました。いかがでしたか?
ただただ楽しかったですね。みんなの考えていることが分かって、ありがたいというかうれしいというか。それに、僕の意見に対して、社員から普通に「それはダメです」と反論されるのも良かったです。
社員主導のプロジェクト型で、思いもよらぬ理念が誕生
―理念はどんな言葉になるか予想されていましたか?
自分で言語化してみても、なんか自分らしくない、うちの会社はそうじゃないと感じ、難しいと思っていました。昔の会社でも経営理念を作るプロセスは経験していて、そのときに本は読み漁ったのですが、僕にはそういうセンスがないようです。
―最終的に「世界の?(ハテナ)を!(トキメキ)に変える」になりました。最初に聞かれたときの感想を教えてください。
いやあ、思いもよらない言葉だったので、実は全然しっくりこなかったんですよ。でも、よくよく考えると現場ではそういうことが起きているし、エンジニアはそう考えるだろうとだんだん腹に落ちてきて、素晴らしいし説得力があると思えました。ジワジワと腹落ちした感覚です。

―メンバーの方々はどんな様子でしたか?
とても意欲的に取り組んでくれて、基本的には楽しんでいましたが、普段の業務と並行してやっていたので、案をまとめる段階はちょっと大変そうでした。また、このプロセスの中で、企業理念ラボの経営者の集まりに呼んでいただき、親和性の高い方をご紹介いただいたこともうれしかったです。その経営者の方も企業理念ラボさんと理念を作った経験があり、意気投合してふたりで飲みました。さらにお互いの社員も交えて一緒に会食をして、理念について話したり、今では真の意味での協業関係をその会社様と築き上げています。
―社長やメンバー同士で理念づくりの楽しさも苦労も分かち合い、仕事でも関係が続いているのですね。
理念アワードで社内浸透を図り、採用や営業にも好影響

―理念が決まった後は、どんな活動をされていますか?
ホームページに載せて周知するとともに、その年の10月の経営方針説明会で説明しました。そして引き続き、策定にかかわった経営理念チームが浸透活動を進めてくれています。
2025年末には「経営理念アワード」を開催しました。アワード表彰に向けて、まずはチームが理念に即したエピソードをいろいろと収集しました。うちの業界は、お客様先に常駐して1人で作業する人もいて、その人たちにフォーカスを当てるにはどうしたらいいかなど、一生懸命工夫して進めてくれていました。僕は選考には関わっていなくて、経営理念チームを中心に企画し、札幌・東京・大阪の3拠点でそれぞれ忘年会をするときに表彰しました。最優秀に選ばれたのは、僕が予想していなかった北海道の社員でした。AI開発やデータ分析などの仕事ではなく、失敗が許されない運用の仕事を創意工夫しながらコツコツと1人でやっているメンバーだったので、驚いたけどうれしかったです。
―理念を作ったことで、会社に変化がありましたか?
効果が一番大きいのは採用でしょうか。経営理念を作ったメンバーに人事担当者がいたので、新卒の会社説明会などで理念を語ってくれるおかげで、親和性の高い学生が集まっています。入社した人から「思った通りの会社でした」「一貫性がありました」と言ってもらい、とても良かったと思っています。
あとは、商談の場面でも、お客様に対する姿勢を表現できているというメリットもあります。うちは「共創」をキーワードにしていて、お客様と受発注の関係になるのではなく、お客様の立場で仕事をするようにしています。それと理念が結び付いていて、先日ある会社の社長さんに提案に行ったら、「エニシアスだからこういう提案になると思っていたよ」と言ってもらい、すごくうれしかったです。
―「共創」というキーワードはいつから掲げているのですか?
2017年からです。当時のお客様にアンケートを取ったところ、うちには「現場に寄り添ってくれるエンジニアが多い」というコメントが多く、差別化できると思いました。こういう業界だからこそ、人と人の接点がとても大事で、共創を前面に出して共感してくれる人を集めたいと考えました。
―そのエピソードは理念とつながりますね。理念について、今後はどのような活動をしていく予定ですか?
ちょうど昨日、理念チームと打ち合わせをしたところで、次の段階に移すためにメンバーがいろいろと考えてくれています。僕から理念に関する発信を増やそうとか、次のチームメンバーをどうするかといったことを話し合いました。
若手の成長に喜びを感じつつ、3年で「チェンジ バリュー」

―会社の展望を聞かせてください。
今まさに次の3カ年の中期経営計画をほぼ作り終えたところです。やはりAIの影響が大きくて、この半年ぐらいで、プログラミングの工程はほぼAIでやるようになりました。例えば新卒採用においても、これまではプログラミング経験者に重きを置いていた時期もありましたが、昨今はAIを正しく利活用できる、例えば哲学や倫理等を学んだ学生、スポーツや芸術等で一芸を極めたことがある学生を求めています。
次の3カ年のスローガンは「チェンジ バリュー」、提供する価値を変えましょうと。エニシアスの良さを生かした延長で、全てを変えていくつもりです。
―玉置さんは社長になったとき、仲間と楽しく働ければと思われていましたね。今はいかがですか?
基本的には変わりません。新卒の子たちと飲みに行って話すのが楽しいし、若手が育つ環境を作り、「こんな資格が取れました」などと言ってくれて成長を感じられることが何よりうれしい。難しいプロジェクトが成功したときよりも喜びが大きいですね。
―絶対やりたくないと思われていた社長業も、悪くないと思われているのでは?
おっしゃる通りです。社長をしていることでいろいろな方に出会えるし、社員の成長も感じられて、社長っていいな、幸せだなと思えるようになりました。この役割や環境をいただいている縁ある皆様に感謝しています。

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株式会社エニシアス
玉置 圭介さん
横浜市出身。大学を卒業後、92年ソフトハウスに入社。個人事業主、起業などを経て、2014年にエニシアスを設立し、代表取締役に就任。学生時代から今もバンドでキーボードを担当。キーボードやシンセサイザーなどを自宅に20台以上保有している。バンド仲間には同業の経営者が多く、担当楽器によってキャラクターや経営スタイルに共通点があり、キーボードは場の全体を見ているタイプだという。
会社情報
- 社名
- 株式会社エニシアス
- 代表者
- 代表取締役社長 玉置 圭介さん
- 本社所在地
- 東京都品川区西五反田2-27-3 A-PLACE五反田 10F
- 従業員数
- 120人
- 創業
- 2014年5月1日
- 事業内容
- ITサービス
- 会社サイト
- https://www.enisias.com/