AI時代、経営者がなすべきことは?
IT企業創業者がAIと経営のリアルを語る
2011年に福岡市で創業し、AIや量子コンピュータを活用したIT事業と、子ども向けのIT教育事業を展開する株式会社グルーヴノーツ。その創業者である佐々木久美子さんは15年の経営を経て、昨年9月に自ら退任し、新たなステージに向かっています。今回のサロンは、テクノロジーと経営の最前線を歩んできた佐々木さんをゲストに迎え、AI時代における経営者の役割、創業から退任に至る思考と実践のプロセスを掘り下げました。
(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)この記事は、2026年3月19日に開催した企業理念ラボ主催のサロンイベントのレポートです。一部公開ができない発言は割愛している旨、ご了承ください。
お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。
この記事の目次
創業者・経営者を卒業し、新たなステージへ
古谷
佐々木さんはエンジニアとしてキャリアを重ね、2011年に福岡でグルーヴノーツを創業。システム開発やクラウドサービス事業のほか、子ども向けの教育事業「TECH PARK(テックパーク)」を手掛けてこられました。今日は「AI時代、経営者は何を手放し、何をなすべきか?」をテーマにお話を伺います。
佐々木

経営者の皆さまに偉そうなテーマでお話させていただくのはおこがましいのですが…振り返れば私はグルーヴノーツを創業し、良いか悪いか、0か1かをデータで明示する世界で「正解」を売ってきた15年でした。私たちが持つ最先端の技術で社会の課題を解決していこうと、AIや量子コンピュータを駆使してクラウドサービスを提供してきました。
古谷
そもそも、なぜエンジニアになったのですか?
佐々木
父が半導体の仕事をしていたので、自宅にコンピュータがありました。小学5年生からプログラミングに興味を持ち、自然な流れでした。会社に勤めて経験を積んだ後、2011年にグルーヴノーツを設立。紆余曲折がありながらも自分の思い描く事業を展開して、2025年9月に退任しました。このあたりの経緯はあとで詳しくお話させてください。

古谷
昨年9月に代表を退任されて、今はどんなことをされているのでしょう?
佐々木
いろいろな会社のお手伝いをしています。例えば、BABY JOBの取締役CSOに就任し、オムツのサブスク事業を展開する同社を通して、子育てを応援したいと思っています。また、Zebras and Companyの地域共創テクノロジースペシャリストにも就任しました。これまで私はユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)を目指して、利益率や成長率を追い求める世界で生きてきました。それは価値のあることですが、一方で、個人的には利益率が高くなくても、社会にいいことをしながら利益を出し続けるゼブラ企業も非常に重要だと思っています。ですから、Zebras and Companyでゼブラ企業を支援していくつもりです。ほかに、文科省や福岡県の委員、西日本新聞人権と報道委員、RKBのコメンテーターなども務めています。
グルーヴノーツならではの組織づくりと理念
古谷
ここからは「理念と経営のリアル」についてお話しいただきましょう。
佐々木
私が創業した2011年頃は女性起業家を応援する風潮があり、「女性起業家のピッチに出ませんか」とあちこちからお声がけいただきました。でも、ピッチで500万円や1000万円をもらいにいくより、開発してすぐに売り上げを上げないと、1000万円なんてアッという間になくなってしまう…だからピッチには一切出ませんでした。

古谷
実業を優先されたのですね。
佐々木
はい、ずっと製品開発に注力してきました。それに当時、「日本一になる」「世界一になる」とうたう風潮もあったけれど、私は誰もやっていない市場を作ろうとしていて、約束できないことはうたわなかったんです。とにかく目の前の、自分が解決できる範囲のことだけに集中してきました。
古谷
グルーヴノーツのビジョンは「豊かで人間らしい社会の実現に貢献する」、ミッションは「社会課題の解決」「解決策より議論の提示」ですね。創業時に掲げられたのですか?
佐々木
いえ、2016年にオフィスを移転するのを機に、きちんと言語化しました。もう一人の経営者や社員と話して決めました。
古谷
理念を掲げたことによって、変化はありましたか?
佐々木
明文化したことで、ぼんやりしていたものがイメージしやすくなり、みんな同じ価値観で人に話せるようになりました。あと、ビジネスや採用、パートナー選びなどで判断に迷ったとき、理念は「芯」として機能していて、掲げていることに立ち戻って判断するシーンが多々ありました。もともと会社としては、居心地が良くて働きやすいけど尖っているという、他にはないカルチャーも大事にしてきました。

古谷
居心地が良い、ですか。
佐々木
会社を作ったときから、働きやすさや居心地の良さは重視して、グルーヴノーツという組織にいることが誇りになったらいいなと意識していました。2011年当初からリモートワークOKで、勤務時間も決めてなくて、のちのち上場準備に入ったとき、ようやくコーポレートチームを作って形を整えました。
採用においては、私が多くの人とコミュニケーションを取るのが苦手なのもあり、顔が分かる範囲の30人まで、自分で責任を持てる人だけの組織にしたいと思っていました。一時期70人になりましたが、今は50人ほどで落ち着いています。
古谷
一つひとつこだわって組織を作られたのですね。2016年にTECH PARKを始めたのは、どんな背景があったのですか?
佐々木
私がワーキングマザーとしてわが子の預け先に困り、同じように困っている人もいると感じて立ち上げました。AIの事業は急成長していたのですが、TECH PARKは子どもの命をお預かりするので質の担保が必須で、急成長をさせてはいけない事業だと考えました。最初は外部委託を考えていたのですが、社内で丁寧にやった方がいいと思い、まずは社員や自分の子どもで試行した後に専門的な人を採用して形にしました。コロナで事業がいったんゼロになるという経験をしたものの、他の事業があったことで救われました。
AI時代、経営者に残されたやるべきこととは
古谷
AI時代の経営者について、「AIに明け渡したもの」と「経営者に残るもの」を教えてください。

佐々木
個人的な見解ですが、AIに明け渡したものの一例は「議事録を取らせる新人研修の意義」。全部音声で取って資料化すればいいので、新人に議事録から学ばせるということがなくなりました。また、「『正解を調べる』という行為そのもの」もAIが代行してリサーチしてくれます。
一方で、経営者に残るのは、まず「感覚・直感・経験値からの判断」。アナログを知らないとデジタルの良さが分からないというような、感覚や経験値からの判断は人間独特で、今のところAIにはできない領域だと思います。また、「『なぜやるか』の問いへの答え」を出すこと、例えば理念などの意味づけは人間がやっていくものですね。あとは「人と人との関係性の構築」は、AIがどんなに進化しても、経営者としてやっていかなければいけないと考えています。
古谷
先日あるカンファレンスで、AIの先端にいる経営者3人の話を聞いたところ、「肝臓と筋肉の仕事が残ります」と言われていました。要は、対面で酒を飲むことと行って人に会うことが重要だと。20代の経営者でもそう実感していることが面白いと感じました。
佐々木
分かります。人となりを知るために、ゴルフに行くことも結構大切かもしれないと、最近は思います。そしてもう一つ、経営者に残る重要なものは、次に何をするかを掲げること、つまり「『次の問い』を立てる力」です。AIは何をしたらいいか提案してくれるけれど、考えが浅いので。

古谷
どういうことでしょうか?
佐々木
例えば、お米の値段が数年前まで5キロ2000円だったのに4000円になっているとします。2000円だったのは農家が頑張っていた、農協が買い叩いていたという話がある一方、今4000円になっている分は農家に還元されているのか、サプライチェーンがきちんと動いているのか。そういうことをきちんと深掘りして、対応を考えていく必要がありますよね。
古谷
問題の全体を見て、本質を掘り下げたり構造化したりするということですね。
佐々木
その上で、次に何をしなければいけないかと問いを立て、行動につなげていく。それが問いを立てる力だと思っています。
古谷
質問すれば、AIから何か返ってきそうな気もしますが…。
佐々木
そうなんです、AIから言葉は返ってくるけど、「本当はそうじゃない」と思うのは直感や経験値からの判断で。結局、方向性を決めるための材料をきちんと自分で準備して選んでいくことが重要です。
古谷
なるほど。
佐々木
そして、最終的には正しさより雰囲気やグラデーションが大事なこともあって、そこが人間らしい領域だと感じています。
創業から退任・事業承継に至るまでのリアル
古谷
続いてのテーマは「退任・事業承継のリアル」です。
佐々木
創業から退任判断まで、大きく3期の道のりがありました。まず創業期は0→1を自分でやって、成長期の1→10はチームを作り、権限を委譲していくのには覚悟が必要でした。成熟期に入ると、自分がいなくても回る状態を意図的に作ってきました。

すると、3年前に大きな病気で10日ほど入院しても、みんなが動いてくれて、「私がいなくても大丈夫」とベッドの上で思えたんです。そこから、自分がもっと役に立てるところで次のチャレンジをしたいという思いが強くなっていきました。会社に、私が大好きで信じられる社員ばかりを集めていたことも大きいですね。
古谷
そういう組織を作ってこられたのですね。
佐々木
組織や社員を誇りに思っていました。ただ、会社で「辞めさせて」と言っても、最初のうちは「何言ってるんですか」とみんなに冗談だと思われていて(笑)。2023年、今の社長と私の2人代表体制から私は代表を退任し、会長に就任。さらに株主さんなどステイクホルダーに時間をかけて納得してもらい、2025年9月には完全に卒業させてもらいました。権限移譲とは「手放す勇気」ではなく、「信じる技術」だと思います。
競争から共創へ―手放すものと担い続けるもの
古谷
次のスライドは「競争から共創へ」です。
佐々木
競争から共創へ、もう戦わなくていい時代になったと感じています。そうなると手放すものは、「競合を意識した戦略立案」や「ゼロサム的な勝ち負け思考」。反対に、担い続けるものは「共に創る・共に歩むスタンス」で、「M&A・協業を『融合』として捉えること」も必要です。

古谷
今日いらっしゃる皆さんは、そういう価値観や理念を大事に地域を支えていらっしゃいますね。
佐々木
それぞれの地域のカルチャーや経済圏を壊すことなく、地域で経済を回し、ローカライズする仕組みもすごく重要だと思います。あとは「マクロでなくミクロへの眼差し」。全体を見ていたら足元が見えなくなってきます。10年前にマクロを見すぎた結果、今ミクロがグラついていると私は感じていて、今からミクロを大事にしたら、10年後のマクロはうまくいくのではないかと期待しています。
古谷
今は先の見えない時代で、その中で経営していくのは難しいですね。
佐々木
そうですね、だからこそ足元を固めることが重要だし、自己中でいいと思うんです。まわりがどうとかじゃなくて、「あなたはどうしたいか」「うちはどうすべきか」をちゃんと考えていかないといけない。だから、私は「事例」と言われるのが一番嫌いなんですよ。国や自治体はすぐに事例を聞きたがりますが、もうそれはAIで調べてくださいという感じで(笑)。純粋に、あなたはどうなのかを考えていけばいいのです。
古谷
確かにそうですね。
佐々木
あとは、「『一緒に何かやりたい』と思える余白」、やりたいと思えばすぐやれるような体制や資金、人などの余白を持っておいた方がいいなと思っています。グルーヴノーツはGoogleの認定パートナーですが、実はGoogleって、20%ルールで伸びてきた会社です。社員は勤務時間の20%を使って、好きなことをやってもいいという制度があるんですよ。そこから生まれたサービスを実際にリリースすることもあり伸びているので、余白は大事なカルチャーだと実感しています。
古谷
働く人にも企業にもいいですね。
佐々木
最後に私は、テクノロジーは人を幸せにするための道具だと信じていますAIがどんなに進化しても、経営者が問い続けるべきことは変わらず「なぜやるか」「誰のためか」「何を大切にするか」ではないでしょうか。

古谷
とても共感します。人と価値観を大事に経営されてきたことがよく分かりました。
【質問コーナー】美しい引き際の背景は?
古谷
ここからは質疑応答とします。お聞きになりたいことがあれば、挙手してください。
質問者
私は親会社から出向している雇われ社長です。佐々木さんはきれいな引き際という印象を持ちましたが、どんなお考えだったのでしょうか。
佐々木
私は会社を立ち上げてサービスを作り、実際にサービスができました。今は多くの人に使ってもらい規模を大きくしていく段階で、クリエイティブで直感型の私は役に立てません。KPIなど何かにのっとって戦略的に成長させなければいけないステージに入ったとき、私は「子育てが終わった」という感覚になりました。
古谷
ささくみさんはこれからも多方面から求められて活躍されていくことでしょう。今日は経営者が勇気づけられるお話をありがとうございました。

「企業理念ラボ」には、
企業理念の言語化や浸透策の
事例が豊富にございます。
ご関心のある方は
お気軽にお問い合わせください。
株式会社クミラボ
佐々木 久美子さん
福岡県生まれ。プログラマー、システムエンジニア、プロダクトマネージャーを経て、2011年に株式会社グルーヴノーツを創業し、代表取締役社長、会長を経て、2025年9月末に退任。10月より株式会社クミラボ代表取締役。加えて、株式会社Zebras and Company地域共創テクノロジースペシャリスト、BABY JOB株式会社取締役CSOなど、企業や行政でさまざまな役職を務める。