EVENT REPORT

2代目社長として改革と失敗を重ね
イキイキ働ける売上196億円の企業へ

2代目社長として改革と失敗を重ねイキイキ働ける売上196億円の企業へ

辛子明太子の製造販売からスタートして、昨年創業50周年を迎え、現在は国内外でレストラン事業も展開している株式会社やまやコミュニケーションズ。2代目社長の山本正秀さんは、同社を父親から受け継ぎ、26年にわたって舵取りをしてきました。「とにかくやってみる」姿勢で失敗と成功を繰り返し、常に会社を改革し続けてきた山本さんに、波乱の道のりと独自の経営スタイルや信念について聞きました。

(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)

この記事は、2025年6月3日に開催した企業理念ラボ主催のサロンイベントのレポートです。一部公開ができない発言は割愛している旨、ご了承ください。

お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。

この記事の目次

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危機感を抱き、入社から2年、30歳で社長に

古谷

今回のサロンは、やまやさんが経営する福岡市・薬院のレストラン「YAMAYA 3 TERRACE」で開催しています。山本さん、まずは自己紹介からお願いします。

 

山本

1974年、私が4歳の頃、当時28歳だった父が福岡市東区の自宅の台所で明太子を作り始めたのが当社の始まりです。私自身は東京の大学を卒業後に商社で働き、1998年に28歳で福岡に戻って入社し、2000年社長に就任しました。会社は昨年50周年を迎えました。

古谷

幼少期から事業を承継するつもりでしたか?

山本

父はとても厳しくて、勉強のことは何も言わないけれど、努力をしないといったことを許さないタイプで怖い存在でした。それで、福岡を離れたくて東京の大学へ進学し、高校までは会社を継ぐつもりも全くありませんでした。ただ、長男だったのもあったと思いますが、大学に入学してからは両親がすごいことをやってきたのだなと思うようになりました。

古谷

結局は福岡に戻り、入社から2年で社長というのは早い印象です。

山本

最初は入社してしばらく現場で修業するつもりでした。でも、東京で勤めていた会社とあまりにも会社の状況が違ったので、早くいろいろ変えなければと危機感が募り、早い段階から経営に携わらせてもらいました。親子で激しく議論することもありましたが、結局2000年に30歳で社長に就くことになりました。

古谷

会社はどんな状況だったのですか?

山本

私が新卒で働いていた商社は、風通しや風土がとても良く、社長でも「さん」付けで呼び、業務管理もシステム化が進んでいました。一方、当社に入ると、父はITが苦手なのもあり、パソコンは1人1台という状況でもないし、営業や工場などの部門間にセクショナリズムが存在していて、お酒の席で愚痴を言う社員が多いことにすごくビックリしました。それで、最初にITの環境整備と風土改革に着手しました。

 

古谷

社長に就任された2000年はインターネットの黎明期ですね。

山本

パソコンを1人1台配り、社内の風通しを良くするために「メールアドレスにみんな英語のニックネームをつけよう」と提案しました。例えば、私はマークで、他の人もポールやジョンなどと呼び名を決めて、社内で呼び合おうというルールを作りました。でも、恥ずかしさのせいかなかなか普及せず(会場笑)…利用されたのは私と数人ぐらいでした。

古谷

お父さまはどんな感じでしたか?

山本

父のニックネームはヘンリーでしたが、誰ひとり呼んだのを見たことがない(会場笑)。昭和のオーナー企業の典型なのか、なかなか社員は意見を言えず、会議では父ばかり話している感じでした。それに、経営の考え方にもギャップがありました。例えば、目標を立てるとき、戦略もないのに精神論で売上1. 5倍とかあまりに高い目標を打ち立てて、みんな「頑張ります」と言う。昔はそれで良かったかもしれないけど、さすがにそれでは無理だと感じました。

古谷

それを変えるのは大変そうです。

山本

私が社長になってからは、父に協力してもらいながらも、中途採用を多くして、とにかく自分と年齢の近い仲間を増やしました。そして、社長になった年に、社名を「やまやコミュニケーションズ」に変更しました。社員同士や取引先や地域など、いろいろなコミュニケーションを大事にしながら、単なるメーカーではなくサービス業に転換したかった。ワクワクする食をプロデュースして、生活を彩り豊かにする会社を目指すという決意を込めました。

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社長就任後、ピンチの連続から得られた教訓とは

古谷

受け継いだ後は、ピンチの連続だったそうですね。

山本

明太子の原料はロシアとアメリカで取れます。2000年社長になってすぐ、ロシア産の供給が減少するという噂が流れたため、高値でも原料確保のためどんどん購入し、売上120億円なのに借金が170億円ほどに。それでも明太子が売れていたのでどうにか乗り切れると思っていたら、2003年には無添加明太子から食品添加物が検出され製品をリコールするという事故が起こり、全国放送のニュースでも報道されました。

 

古谷

許されない成分だったのですか?

山本

普通の明太子には使用されている食品添加物ですが、無添加とうたっている商品だったので問題がありました。我々もなぜそのような成分が検出されるのか原因が分からなくて、原因を解明するまで取引停止になる取引先もありました。借金で苦しい中、売上が30%ダウンし、数カ月は営業担当と毎日10社近く訪問し謝罪と説明を重ねる日々が続きました。ようやく半年後、もともと明太子に存在する菌と調味に使った昆布エキスとの予期せぬ反応が原因と分かりました。

結局、売上が完全に戻るまで2年ほどかかりました。資金を確保するために、金融機関と折衝を重ね、取引行を増やしました。今でも20行ほどと取引があります。

古谷

30代前半でお金の苦労をされたのですね。

山本

当時ボーナスを払えなくて辞める社員もいましたが、社員たちと一緒に苦労したり、工場の体制を改革したりと、どうにかピンチを切り抜けました。普段は寡黙な社員が毎日元気に頑張っていたり、逆に信頼していた社員が辞めたり、ずっと仲良くやっているつもりの取引先が冷たかったり、逆に応援すると言って売り場を増やしてくれた取引先もあったり。こういうときだからこそ分かることがあって、いい経験になりました。大変な時期に、たまたま飲食店で知り合った頭取の銀行からお金を貸してもらったことも。ただ、大変なときでも意外と眠れない日はなかったです。

古谷

もともと前向きなマインドなんですか?

山本

社員がみんな頑張ってくれていたし、いい商品を作っていれば何とか乗り切れると考えていました。しかし、当時は、問屋経由の取引が多く、自分たちの思いがその先に届きにくい。無添加明太子の事故もあり、やはり売場と直接話して関係を築きたい、BtoCもどんどん増やそうという思いが強くなりました。15年ほど前に外食事業を始めて、今は国内やアメリカ、韓国、タイ、台湾、シンガポールに60店ほどを展開しています。

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コミュニケーションとビックリ人事で助け合いを生む

古谷

社名に入れられた「コミュニケーション」について、実践されていることがあれば教えてください。

山本

社員間のコミュニケーションとして、飲みに行ったり話したりすることも大事ですが、最も重要なのは「相手自身や相手の仕事に興味を持ち、知ること」だと考えています。社員旅行や飲み会などイベントの場はいろいろ作りますが、参加は義務ではなく、行きたい人だけでいい。ただ、一緒に仕事をする以上、相手に興味を持てるような環境や機会を作るようにしています。

古谷

例えば、どんなことをされていますか?

山本

長年同じ部署にいるベテラン社員を違う部署に異動させるといったことは、いつも大きな効果があります。「私がいなかったら売上が落ちますよ」などと言うけど、「売上が落ちてもいいから」と異動させたら、「今までと違う視点で考えられるようになりました。私は何も分かっていませんでした」と言う幹部社員もいます。中小企業は組織が属人的になりがちなので、意識して意外な異動を進めることは大事です。

古谷

お互いを知ることで、助け合う文化ができるのですね。

山本

組織デザインも定期的に変えるように心がけてきました。縦のデザインにすると本部ごとにセクショナリズムが生まれて、横にすると管理が弱く緩んでしまうといったことが起こります。なので、組織体制がマンネリ化してメリットよりデメリットが大きくなってきたと思ったら、ガラッと変更します。

工場や商品開発、営業部門などはどうしても縦で管理する必要があるため、できるだけ横断的なプロジェクトを増やしています。プロジェクトは、商品開発や健康推進、オフィスをきれいにするものなど、さまざまです。

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こだわりをつめこんだ新本社オフィスの全貌

古谷

2023年には、福岡県・篠栗町に新本社オフィスが完成しました。

山本

 

前の工場の老朽化に伴い、本社も博多駅にあった通販の部署も全てまとめて篠栗に移転しました。個室は会議室2つと応接室1つだけで、社長室もなく、完全なフリーアドレスです。空間の使用率が高まり、コミュニケーションも格段に増えたと感じています。また、健康経営に力を入れていて、社内にスポーツジムを作り、ダンスやヨガ教室などもやっています。

地域に開かれた場所にすべく、社員食堂は一般の方も利用できるようにしたところ、多くの方で賑わっています。駐車場で町のイベントを開催することもあります。

古谷

リモートワークを取り入れていますか?

山本

リモートワークはコロナ前からやっていました。女性社員が結婚して夫の転勤について行くけど、仕事を辞めたくないということがあり、試験的に取り入れていました。ですから、コロナ禍でもすぐに対応できたと思います。

今は出社してもリモートでもいいし、フレックスで何時に来て何時に帰ってもいい。部署ごとに上長が管理していて、統一のルールはありません。

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打率より打数、「とにかくやってみる」がモットー

古谷

仕事で大切にされていることを教えてください。

山本

一番大切にしているのは「とにかくやってみる」こと。他人がやらないこと、面白いこと、新しいことをどんどんやっていきたい。何がうまくいくか分からないし、やってみないと新しい気づきは生まれないと思っているので、打率より打数ですね。それに、成功より失敗の方が忘れにくいし、失敗すれば調子に乗った人も気づきがある。結構痛い失敗もあるけど、やって良かったことの方がはるかに多いですね。

 

古谷

どんなことをやってこられたのですか?

山本

いくつかご紹介します。例えば、営業マンからの発案で「だしを缶に入れた「うまだし」を羽田空港の自販機で売りたい」という話がありました。売れるわけないと思ったけど、「やってみたら」と言ったら、結構売れました。温かい飲み物の中でお茶類より売れて1位を記録し、今でも羽田空港の自販機では定番です。その彼がもっと自販機をやりたいと、次に提案してきたのはロシア名物のボルシチ。うちの事業との親和性は明太子の原料がロシアというくらいで…。99%売れないと思ったけど、だしの例があるから「まあいいよ」という感じでやったら、やっぱり売れませんでした(会場笑)。

 

古谷

チャレンジですね。

山本

チューブ型の明太子はいろいろな味があり、インバウンドの方にも人気で、成功事例となっています。一方、こちらの北海道版は失敗例です。福岡空港の国際線で売れているお土産の1位は白い恋人、2位がじゃがポックル、3位がロイズで、全部北海道の商品。こうなったら我々も北海道に攻め込もうと、シロクマのイラストで「北海道」と書いて北海道の空港のお土産屋さんなどに展開しましたが、全く売れませんでした(会場笑)。

 

古谷

発想が面白い!

山本

他にうまくいったのは、明太を乾燥させた「ドライ明太子」。私は「明太からすみとして売ろう」と言ったけど、商品開発の担当が「いや、からすみじゃない、ドライ明太子で売りたい」とこだわり、結果ヒットしました。

この「めんたい のり弁ドック」は、よく意味が分かんないけど売れました(会場笑)。こういう面白い新商品をオフィスで、商品開発や営業に関係がない社員もみんなで試食して盛り上がります。売れないこともあるけど、楽しいコミュニケーションの機会になっています。

 

 

「キングダム やまやドライ明太子」は、王騎のりアート付き。キングダム弁当が売れたので、調子に乗って出してみたら、やっぱり売れない。

極めつけの大失敗作は、「めんたいチーズおかき」のキングダムコラボデザイン缶。このおかきはもともと売れていて、なぜキングダムのマトリョーシカなのか、ボーリングのピンみたいなやつに入れなきゃいけないか分かんないけど、「まあやってみよう」ととりあえず出してみたら、かなりの在庫量になりました(会場笑)。

 

古谷

全体の勝率は何勝何敗ぐらいですか?

山本

うーん、3割ぐらいでしょうか。

古谷

なかなかいい線ですね。企画を聞いて、ダメ出しすることも結構あるのですか?

山本

ダメ出しはあまりしないですね。いろんなことをやってもいいけど、自分で買いたくならないような、おいしいと思えないもの、人に薦めたいと思えないものはダメと伝えています。

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あまり管理せず、自由でもプロフェッショナルに

古谷

御社のビジョン「九州から世界へ、やまやスタンダードを。」を作られた時期と背景を教えてください。

山本

2020年のコロナ禍は、幹部のみんなもオフィスに集う時間が多かったので、将来を見据えて企業理念を見直す機会がありました。もともと韓国から来た明太は、福岡で付加価値がついて地元の名産になりました。同じように、九州の隠れた素材や調味料や食文化に、我々が何かしらの価値を付けて、国内や海外へ発信したい。自信を持ってお届けできるものを広めて、九州の魅力を知ってもらえればと考えています。

古谷

ウェルビーイングを意識されていると聞きました。

山本

先ほどお話したように、当社では出社も勤務時間も部署で管理しています。もともと私自身が管理したりルールを作ったりするのが好きじゃなくて。できるだけ自由にしつつ、プロフェッショナリズムを持って働く組織になるのが理想です。

古谷

自由にして不都合なことはないのですか?

山本

自由出社は無理と反対する社員もいました。でも、やってみたら意外と状況に適応していく。 朝、子育てで忙しい人は9時じゃなくて11時でいいし、迎えがあるなら4時に帰ればいいみたいな発想です。社員が揃わないとできないので、朝礼もやめました。好きな時間に来て好きな時間に帰って、週40時間をメドに働いて、パフォーマンスは自分で考えましょう、という考えです。

古谷

やってみたら意外とできると。

山本

できますよ。東京には20人ほど営業社員がいますが、「通勤1時間半とかムダだから出勤しなくていい」と私が言うにもかかわらず、「いや、みんなで集まらないと」と当初リモートワーク推進をみんな渋っていました。でも、コロナになったら自分たちで「出社義務をやめる」と言い出し、今はみんなほとんど出社していません。それでも困ることは全然ないと聞いています。ただ、部署ごとに定期的に食事会や歓迎会などはやっています。

古谷

教育プログラムにも力を入れているそうですね。

山本

ビジネス研修ではなく、会社以外のことにも広く興味を持ってほしくて、毎年リベラルアーツ・プログラムを私が開催しています。希望者を募り、1年を通して同じメンバーで月1回集まり、哲学や科学などさまざまなテーマで楽しく学んでいます。あとは、ワイン検定や会計、語学学習などには補助を出しています。

古谷

山本さんのお人柄が反映された経営スタイルで、大変興味深いお話でした。

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【質問コーナー】①社員の定着に大切なことは? ②「性善説の経営」について

古谷

ここからはご参加の方からの質問にお答えいただきます。

質問1

社員の定着に最も大切だと思うことは何ですか?

山本

正直、定着を目標にはしていません。ステップアップのための転職もあるし、むしろ当社で活躍した人が、他社に転職して活躍してもらえるといいなと思っています。全社員を幸せにするということは難しいと思いますし、会社としては長く働ける環境を作っていければと考えています。会社が好きでずっと働いてくれる人に向けて、定年は70歳にしました。辞めた社員には個別にヒアリングをして、経営改善に生かしています。転職した社員が次の会社で活躍しているとうれしいけど、また辞めたらしいと聞くと少し寂しくはなります…。

 

質問2

投影された資料に「性善説の経営」とありました。私も性善説の経営を目指していますが、うまくいかないことも。どんな風にされているのか教えてください。

山本

ベースとして、100点満点の管理手法やルールはないと思っています。例えば、新本社の敷地はフェンスを1つも立てていません。フェンスを作っても、入ろうと思えば入れるじゃないですか。「誰かが来てゴミを捨てたら、夜勝手に敷地に侵入されたら、どうします?」と言われますが、「別にいいじゃないか」と。ゴミが落ちていたら次の日に拾えばいい。それよりも、フェンスで周囲の環境と遮断して、オープンじゃない雰囲気にする方が気持ち悪い感じがあって…。「みんな100%いい人だから大丈夫」と言っているわけじゃなくて、そんなことが起きてもしょうがないと許容する、そこを自分で決められるかどうかじゃないでしょうか。

古谷

参考になるお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。

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株式会社やまやコミュニケーションズ 

山本 正秀さん

1970年、福岡県生まれ。93年、東京大学経済学部を卒業し、兼松株式会社に入社。98年、株式会社やまやに入社し、2000年から現職。

会社情報

社名
株式会社やまやコミュニケーションズ
代表者
代表取締役社長 山本 正秀さん
本社所在地
福岡県糟屋郡篠栗町彩り台1番1号
従業員数
912名(労働時間換算/2024年8月末)
設立
1974年7月
事業内容
辛子明太子製造販売・水産物及び一般食品加工製造販売・外食事業
会社サイト
https://www.yamaya.com
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