INTERVIEW

中小企業経営者がスタートアップから学ぶ
「ビジョンドリブンの経営理論」

中小企業経営者がスタートアップから学ぶ「ビジョンドリブンの経営理論」

「みんなが自分らしく生きる社会を作りたい」。南章行氏は、学生時代に持った強い想いを原点に、スキルのマーケットプレイス、ココナラを創業したのだという。南氏の、最初にビジョンありきのビジョンドリブンの経営理論とは?
数々の中小ベンチャーのMVV策定・浸透を手がけてきた「企業理念ラボ」代表で 理念浸透アドバイザーの古谷繁明が伺います。

(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)

※この記事は、2024年8月28日に開催された企業理念ラボ主催のサロンイベント「スタートアップ流 ビジョンドリブンの経営理論」のレポートです。一部公開ができない発言は割愛している旨、ご了承ください。

お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。

この記事の目次

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ファンド勤務→NPO立ち上げ、起業の原点は「みんなが自分らしく生きられる社会を作りたい」

古谷

今回のテーマは、『スタートアップ流  ビジョンドリブンの経営理論』です。南さんご自身のスタートアップ経験と、投資先企業と関わりながら得た知見の両方をお伺いしたいと思っています。まずは、自己紹介をお願いします。

学生時代に企業再生をやりたいと考えたことが僕のキャリアのスタートです。1997年頃に金融危機が起こり、日本の金融機関がバタバタと倒れました。戦後初めて、会社が倒産して社員がリストラされる時代に突入した時に、困っている人たちを救いたいと思ったのです。

当時は再生ファンドなどが存在せず、迷った末に銀行に入りました。その後、日本にもそういう業界が誕生したというニュースを見て、まずは企業買収ファンドのアドバンテッジパートナーズに入社しました。そこで、5社ほど直接担当しました。名前の知られている企業ではポッカをTOBで買収し、非上場化した案件を担当したり、あとは名古屋の喫茶店チェーンだったコメダを「全国に広めさせて下さい」とオーナーを口説いて買収したり。倒産したウィルコムというPHSの会社を引きうけて、最終的にソフトバンクの子会社として引き受けていただいたり。

 

同時に、自分の中に“個人のエンパワーメント”というテーマがあって、それに関連する活動のためのNPOをいくつか立ち上げました。それが起業前夜ですね。

 

ファンドに勤めたのも会社の買収に興味があったからではなく、普通に頑張って働けばリストラされずに、みんなが自分らしく生きていける社会を作りたい、と大学3年の時に考えたことが出発点です。当時のナイーブな感覚ですが、振り返るとファンド勤務、NPOの立ち上げ、その延長線上にあるココナラの創業もそれが原点になっている。ココナラの理念、そして僕自身のライフワークの価値観ですね。

 

今回のテーマ“ビジョン”については、色々と思うところも多いですが、“スタートアップ”という観点で切り取ると、これは特殊な世界でもあります。たぶん、他企業と似たような例もあれば、少し違った角度の話もできるかもしれないので、僕なりに理論化したものをお伝えしたいと思っています。

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国内外の企業を研究し尽くして作った「ココナラの理念」

古谷

そもそも、私と南さんとの出会いは13年前、南さんがココナラの創業を準備されていた時期で、私が言語化を支援したユーザーベース社の理念をご覧になって興味を持たれた、と。

はい。実はココナラのビジョンステートメントは創業前に作りました。

スタートアップの世界では、まずは事業を起こし、それが成功して人を雇い始めると、社員に語るべき言葉が必要となってビジョンを考えるという会社が多い。

僕の場合は、起業前どころか起業のアイデアを思いつくより前に、自分のモチベーションを言語化するためにビジョンステートメントを作ったのです。つまり、それに合うものであれば起業するし、そうじゃなければどんなに儲かるビジネスでもやらない。そう決めて、まずは起業の想いを込めました。

その後、起業して社員を一人雇ったタイミングでもっと具体的なものが必要だと思い、ミッションとバリューを考えました。その時は、バリューってどういうもの?と日本だけではなく、海外の企業もリストアップして各社のバリューを研究しました。その中で僕が大好きなバリューステートメントがユーザーベースのものだったのです。「異能は才能」なんてワーディングは、キュンと来ますよ(笑)。

古谷

関わった者として、そう言っていただけると嬉しいです。

「自由主義で行こう」とかも、自由でいいんだぞ、ではなくて、ニュアンスとして自由と責任がセットになって、しかもいい表現がされている。当時のユーザーベースの社長を紹介してもらって、「あのバリューはどうやって作ったの?」と尋ねました。そうしたら、会社が何度も組織崩壊しているのでバリューを本気で作ろう、とプロに頼んだ、と。それで古谷さんを紹介してもらいました。

古谷

ユーザーベースは当時それほどメジャーな企業ではなかったはずですが、どうやってたどり着かれたのですか?

実は、僕はユーザーベースのプロダクト、情報プラットフォーム「スピーダ」のほぼファーストユーザーなんです。というのも、それを最初に導入した会社が、僕が勤めていたアドバンテッジパートナーズでした。「スピーダ」はそれまで使っていた「ブルームバーグ」に比べて、ずっと使い勝手がよかったのです。

それから1年半後に僕は起業しました。そのときに思ったことが、「あの分野でビジネスチャンスがありそうだ」などと気づいても、エクスパティーズがなければビジネスはできない。自分たちならではのモノを作らないと成功しないだろう、と。ユーザーベースの場合、創業社長が元証券会社の方で、「ブルームバーグ」が使いにくかったのでもっといいものを作りたい、と考えて事業を始めたと聞きます。

古谷

まさに、ユーザベースのバリューの1つでもある、ユーザーの理想を実現することから始まったわけですね。

はい。それで、自分たちにしか作れないもの、自分たちの「スピーダ」は何だ?と創業準備中にいつも話していました。それで、ユーザーベースには思い入れがあり、同社のバリューを見たらめちゃくちゃ良くて。バリューが7つあったので、自分たちも7つにしよう、と。当時の弊社のバリューも7スタンダードといって、ユーザーベースのものに似ています。今はアップデートしてしまいましたが。

古谷

余談ですが、確かに南さんから相談を受けたのですが、仕事は依頼されていないんですよね(笑)。

はい。それは、結局半年かけて自分で作りましたから(笑)。創業初期でお金もなくて、自分で作ったものを知り合いのコピーライターに見てもらったら、「ほぼ、直すところないよ」と言われました。

古谷

ユーザーベース以外の会社のバリューも色々と見られたのですね。

たくさん見ました。海外企業ではGoogleやFacebookも参考にしました。ビジョン、ミッション、バリューの定義が曖昧なものも、結構ありましたね。

僕の理論の中で一番肝となるビジョンとミッションは、あえて同じ意味で使っています。ビジョン・ミッションは、向かう方向、成し遂げたいことなど。そして、バリューはそれを実現するために自分たちが大事にしていることです。会社によっては、バリューの代わりに行動規範やクレドと称していたり。

古谷

南さんの場合は、ビジョンはご自身の人生テーマから見つけたもので、それを他の人に伝えやすくするためにバリューを作ったということでしょうか。

はい、ビジョンは作りたい世界観、問題解決の方法論に近いかもしれないですね。ミッション、バリューを研究し始めた時に、「ビジョナリーカンパニー」の著者ジム・コリンズが書いた「ハーバードビジネスレビュー」の論文を読みました。ビジョン、バリューとはどういうものか?創業者ならどう作るのか?既存の企業ならどう作っていくか、ということが書かれた論文でした。それを参考に自分なりに定義して、作りましたね。

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企業にはビジョン・ミッション派とバリュー派の2タイプがある

その後しばらくして経営していくなかで、企業にはビジョン・ミッション派とバリュー派があるということに気づきました。ビジョン・ミッションがしっかりしているところもあれば、バリューはいいけれど、ビジョン・ミッションは、後から取ってつけたように感じられる会社もあります。それをココナラ創業後5年ほどして発見し、その後で、どちらを大事にしているかで、経営スタイルに違いが出てくることにも気がつきました。

古谷

ビジョン・ミッション派とバリュー派の違いとは?

ほとんどの会社は、ビジョン・ミッションとバリューをセットで作ります。教科書通りで言えば、ビジョン・ミッションを実現するためのバリューなのですが、実はバリューの方が大事だと考えている会社が多い。極端に言えば、バリューを守ることが大事で、ビジョンは事業を正当化するために作っているような会社が少なくありません。良し悪しではなくて、経営者が最終的にビジョンとバリューのどちらを大事にしているかの違いで、何か迷った時の意思決定がどちらに寄るのかが明らかに異なります。そうすると、組織運営の仕方も変わる。それが僕の引き出した結論です。

 

ただ、どちらを大事にしているかについて、経営者は自覚的ではないケースも多い。ビジョンは世の中をこうしたい、と語るものなので、かっこいい。だから、本当はバリュー派であっても「ビジョンが大事」と言ったりもする。

 

バリューとは、この会社ではこういう振る舞いをしよう、というものです。起業そのものが目的だった経営者は、モチベーションから見て、バリュー派ですね。いい会社を作ればいい事業が生まれる、という思考で会社を運営し、若い人が活躍できるカルチャーが強烈で、社員にどんどんチャレンジさせる自由闊達な会社を作ります。

一方、僕みたいに起業には興味がないけれど、作りたい世の中の方向性が見えていて、そのためにファンドをやったり、NPOを立ち上げたり、それで最終的に起業する。これは完全にビジョン・ミッション派です。

古谷

どちらがいいということではなく、2つのタイプがあるということですね。

はい。ポイントは、経営者は自分の心に従って、それに近い方法を取るべき、ということです。ビジョン・ミッション派とバリュー派の分類の根っこにあるのは、創業者のモチベーション。それに反するにも関わらず、他の会社の成功例を真似てそのやり方を取り入れると、苦しくなるし組織にも整合しない。

まず、経営者は自分がどちらのタイプかをちゃんと理解し、それに合う経営スタイルは何か、ということをざっくりとでもいいから整理する。そうすると経営がやりやすくなります。これが、僕が考えるビジョン・ミッション、バリューの理論体系の出発点ですね。

古谷

なるほど。ただ、バリュー派だろうなという会社で、だからこそ、ビジョンが必要と見受けられるケースもありますよね。

サイバーエージェント社のように、ビジョンで「21世紀を代表する会社を創る」と謳うような、ビジョンで「会社」が前面に出ている企業もある。リクルート、DeNAなども同じタイプで、圧倒的にバリュー派なんですよね。

古谷

バリュードリブンによって成長した企業ということですね。

はい。日本の場合マーケットが小さいので、バリュードリブンの方が会社が大きくなりがちですね。一つの事業で突き抜けられないからコングロマリット化に走りがちで、色々な事業をやる。アメリカの会社だとAmazonやFacebookのように一発当てれば世界を席巻する、そういう会社はビジョンドリブンタイプのほうが多いですね。

古谷

確かに、それは面白い捉え方ですね。

と言っても、それならバリュードリブンの方にしよう、と器用に切り替えられるものでもありません。経営者は自身が消耗することなく、頑張り続けられるモチベーションは何かを理解した上で、それに合わせた事業、組織を作るべきです。

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他社を真似しない。経営スタイルは「混ぜるな危険」

古谷

まずは自分自身の経営者としての強みを活かす理念を見出して、経営スタイルを決める。南さんが掲げられている<他社を真似てはいけない。経営スタイルは「混ぜるな危険」>という理論ですね。私が100年企業や老舗企業を取材していると、バリュードリブンを大事にすることで継続している会社が多い気がします。

何代にもわたって経営者が帝王学を学びながらビジョンを引きついでいる会社もありますね。ただ、創業者が2代目に替わる時にビジョンを引きつぐのが難しいことがある。

2月に福岡のICCサミットで登壇した時に会場で「自分は2代目社長で、先代は強烈なビジョンでうまく会社を引っぱっていたけれど、自分は彼ほど夢を語って社員を惹きつけることができず、苦しんでいます」と話された方がいました。僕は「ビジョンで引っぱる経営もあれば、バリューで引っぱる経営もある。ビジョンを活かしつつバリューで経営するスタイルに変えていけばいいのでは?」と言ったら、長年の悩みがすっきりしたようでとても喜ばれていました。

その時のトップのモチベーションに合わせた会社経営をするべきで、後継社長は連続性をどう捉えるか。もし、あえて連続をさせないなら、どんな経営スタイルにするのかを意識しないと。そのためにも、ビジョン・ミッション、バリューの扱いは、理解しないままに行うと危険なものになります。

古谷

そういう観点からの投資先ベンチャー企業への指導は、どうされていますか?

投資先の社長を指導する時は、まず会社がビジョンドリブンかバリュードリブンかを理解するように、と。それからもう一つ、B向け事業かC向け事業かで組織運営は変わります。ですので、4象限のマトリックスを使って自分はどこにいるかを理解してもらい、それに合う経営スタイルを指導します。

古谷

B向けとC向けでどのような違いがあるのでしょうか?

B向けの事業は、“顧客の負の解消”がキーワード。相手は法人なので、困っていることが理路整然とそこに存在している。それをプロダクトやサービスに反映していくプロセスが、いいモノを作ることにつながります。これは一般的にはトップダウンよりもボトムアップの方がやりやすいですね。優秀なスタッフを現場に配置し、顧客の声を拾いながら組織運営をすると機能しやすいです。組織がボトムアップで機能すると、自由闊達で、チャンスを与えてくれるという空気感ができるので、いい会社だとアピールしながら優秀な人材を集めることができる。

B向け×バリュードリブンは、相性が良いですね。

古谷

先ほどのサイバーエージェント、リクルート、DeNAのケースですね。

その通りです。事業内容に興味があるから、という理由ではなくて、その会社の文化や空気感に惹かれて人材が集まります。

ちなみに、B向け×バリュードリブンのトップオブトップは、後払い決済サービス事業のネットプロテクションズ社でしょう。日本で唯一、ティール組織を実践できている会社だと思います。階層も給与テーブルも、グレードもない、目標設定も全部社員が行い、上から下ろすことは絶対にしない。部署の移動先は、全て希望通りに認められる。同社の柴田紳社長が「いい会社を作って社員が幸せになればそれでいい」と明言されていました。バリューにフィットする人材しか採用していないそうです。それで、「もし、ダメな社員だったらどうするんですか」と尋ねたら「必要悪だと思って手を差し伸べる」と仰っていました。

古谷

まさしく、バリュードリブン。それで、成功、成長しているのですね。

一方、C向けの事業になると、顧客が千差万別なので、みんなの意見を聞きながらプロダクトを作ることはできない。どちらかというと創業者がこんな社会を実現したい、こんなふうに人々が喜ぶのを見たい、と顧客に夢や希望を提示するところからスタートするので、トップダウンじゃないと成り立たない。それで、ビジョンドリブンと相性がいいのです。また、社員も会社のビジョンと自分の生きがいをリンクさせやすいです。

ココナラの場合は、ミッションで謳っているように社員自身も自分らしく生きるために、頑張って仕事しよう、と。C向け×ビジョンドリブンは、社員が“自分ごと化”しやすいですね。

 

B向けで車の部品を作っている会社が、この部品で世界を変えよう、と言っても、社員がそれを人生の目標にするのは難しいですから。とは言っても、B向け×ビジョンドリブンの会社も多くはありませんが、存在します。ただ、社長は事業に強い想いを持っているが、社員は付いていけず、社長もそれに不満を感じているケースが多いですね。

古谷

社員が事業にも会社にも思い入れがない、と。

はい、そういう場合は“型化”するのがいいです。部門ごとのジョブディスクリプションをしっかりと定義して、誰がやってもできるように“仕組み化”する。社員としては、コンサルタントタイプが向きます。以前、モチベーション分析の論文を読んだことがあって、コンサルタントは共感力に乏しく、自分で事業を行うことへのモチベーションが低いタイプが多いと書いてありました。逆に経営者から「この問題を解け」と言われると淡々とこなすことができる。

また、B向け×ビジョンドリブンの会社は統制文化になりがちです。トップが圧倒的に優秀で、社員は厳しいルールに則って働く。

 

最後に、C向け×バリュードリブンですが、C向けはビジョンが大事なのに経営トップにそれがないと、社員は儲かるからやっているだけ、と感じてスイッチが入らない。それを成功させるためには、若手への権限委譲が必要です。新規事業を立ち上げて、想いのある若手に大胆に任せるのが正解ですね。

 

隣の芝生は青く見えると言いますが、あの会社は経営が成功しているとか、社員が楽しそう、などと思える時もあります。でも、単に真似して経営スタイルに合わないものを取り入れて混ぜると、会社は壊れてしまいます。

ビジョンドリブンの会社はビジョンに合う事業はやるし、そうじゃないものはやらない、と明確に決めるのが大事。一方でバリュードリブンの会社は、事業のやり方が重要になってきます。

古谷

なるほど、新規事業の立ち上げなども、この4象限のスタイルに合わせる、と。

それから、採用の時にも意識した方がいいです。というのは、B向け×バリュードリブンの会社から弊社に転職した社員で、前職では仕事ができたのに、弊社ではうまくいかなかったケースがありました。後から聞いたのは、前の会社では下の意見を聞いて任せるマネジメントがうまく機能していた。ところが弊社はトップダウンなので、上が「これをやるぞ」と目標を決めて下をやる気にさせている。ですので「全部君たちが決めていい」と言うと、まるでやる気がない上司のように捉えられてしまうのですね。

古谷

ただ、御社の経営メンバーにリクルート出身の方がいらっしゃいますよね。それでも、C向け×ビジョンドリブンの御社に合うのでしょうか?

当事者意識の問題ですね。リクルートに入社した時点では、ビジョンにはこだわっていなかった。ただ、27歳から32歳の間くらいに、いいチャンスをもらって成長したけれど、次は自分が大事にする価値観を世の中に問うてみたい、なんて考える時期があるようです。そうすると、ビジョンドリブンの会社に移りたくなる。

古谷

なるほど、ココナラのビジョンが、その方にハマったという感じなのでしょうね。

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ビジョンは憲法。10年先を見据えて経営幹部を育成する

古谷

南さんは代表を辞められましたが、後任の鈴木歩社長へのビジョンの引き継ぎ、連携のあり方などはどのようにされていますか。

僕は創業時から筆頭株主でしたが、ココナラを自分の会社だとは思っていませんでした。会社にとってビジョンは憲法であり、僕は総理大臣なので、会社を伸ばせる人材が現れればいつでも変わる、と当時から言いつづけていました。

 

現社長ですが、COOになって2年くらいはビジョンについて、僕が喋っていた言葉を同じように喋ろうとしていました。僕はスタートアップの経営者の中でもビジョンが強いタイプなので、彼が同じようにできるとは思えない。ただ、その後、次第に彼なりのワーディングで喋り始めました。そこからの成長や変化の角度を測った時に、社長になって当事者意識が高まれば、もっといけるだろうと思いました。ゼロイチの立ち上げはたぶん僕の方が得意ですが、既存事業を伸ばしていくことに関しては彼の方が長けていますね。

古谷

鈴木社長は、ココナラにはいつから?その前はどちらの会社にいらっしゃったのですか?

彼は新卒でリクルートに入り、10年勤めてココナラが初めての転職先です。当時、創業4年目の頃、社員がまだ20人もいない時期にスカウトしました。今、創業時のメンバーはほとんど残っていないので、入社9番目くらいの古株になっていますね。

古谷

やはり今のココナラの業態であれば、ビジョンドリブンになることが大事で、鈴木さんにビジョンを受け渡した、と。

はい。バリューは鈴木と一緒に新しく作り直したのですが、ビジョンは僕が最初に作ったものから一字一句変わっていません。

よく、みなさん「ビジョンを浸透させる」と言いますが、ビジョンは浸透させるものではなく、排除の論理であるというのが僕の持論です。ビジョンに合わない人が社内にいると、周りに悪影響を与えてしまう。

別に嫌だから辞めてもらうのではなく、会社のスタイルに合わないだけ。人としては好きだけど、あなたは他社の方が活躍できる、と愛を持って送り出します。

古谷

先ほどの、「混ぜるな危険」に通じるのですね。合わないというのは、バリューではなく、ビジョンに合わない人ということですか?

どちらもです。“経営理念は排除の理論”は、特にスタートアップに当てはまると思います。

古谷

経営幹部の育成で大事なことは何でしょうか?先ほどの鈴木社長の例で言えば、マインドセットが変わったとしたら、どういうプロセス、どういう働きかけをされたのでしょうか?

大事なことは、前段階として、会社の芯に合っていて、かつ辞めなさそうな人を候補として揃えることです。育成は、本質的にとても時間がかかる作業だと思います。それに成功して、社長がうまく替わりつづけている企業の筆頭はリクルートでしょうね。

古谷

確かに。それは言えますね。

リクルートは、8〜10年のサイクルで替わる歴代社長それぞれに、“○○をやった人”と成し遂げたことのラべルが付いている。創業者の江副浩正さんがいて、その後にリクルート事件で沈んだ会社を建てなおした人、海外進出の礎を作った人、という具合です。

リクルートの現代表取締役社長兼CEOは出木場 久征さんですが、その前社長の峰岸真澄さんは、ご自身が社長になった翌月に出木場さんを次の社長候補の一人に選んだという話を聞いてびっくりしました。

古谷

それは、どういうことでしょうか?

次の社長を育てることが社長の仕事の一つで、8年後に替わるとしたら、8年間かけて育てるということですね。社長の器にするためには大きなプロジェクトを3回くらい担当しないとダメだ、と考えると、3年で一つのプロジェクトを回すとすれば9年かかる。ですので、社長になった翌月には次の社長候補をリストアップした、ということらしいのです。

どんなプロジェクトを任せるかということも大事です。峰岸さんは、10年後には海外の売上げを大きくする、というビジョンを作り、社長候補には海外進出の機会をたくさん与える、と社長になってすぐに決めていたそうです。その中で頭角を表したのが、出木場さんだった、と。

 

リクルートでは、社長だけじゃなくて、部長、マネージャークラスでも、その職についたらすぐに後任候補を決めて育て、任せるという文化があるらしいのです。だから人材が育つのですね。

古谷

なるほど。後任候補に仕事を任せてみる、と。

弊社の鈴木のことですが、実は入社半年後に新規事業をやりたい、と言い出しました。その事業はどう見ても立ち上げが難しそうなアイデアに見えたのですが、もう一人の創業者と話してそれでもやらせよう、と。将来、経営者になる器だから、コケたとしても責任者として一通りのことをすれば成長するに違いないと考え、GOを出して任せました。結果は、事業としては苦労することになりましたが、それ以上に彼がとても成長しましたね。

古谷

南さんの狙い通りに。

もちろん、成長の理由は他にもあるのですが、勇気を持って任せるというのはよくあるやり方ですね。

CFOのケースでも、僕はファイナンスが得意で、全部自分でやっていたのですが、「こいつはできる」と思える人材が入って来たので、全部任せたらイキイキして、いいを仕事しましたね。彼は残念ながら他社に行ってしまいましたが、機会を与えて任せるのは大事だな、と。

鈴木には2、3年前に、10〜15歳下の社員から社長候補を選んで、なるべく機会を与えるように言いました。採用方針も若手を取ることに切り替えていきました。

古谷

時間軸を意識して、幹部育成に努めていらっしゃいますね。

リクルートの3年3回しという話から理解したのが、経営は人事であり、人事とはサクセションである、ということです。

となると、経営とはサクセションだ、と。そう気がついてから会社のやるべきことの構造が腹落ちしたんですよ。経営は、一番上に戦略を置いてしまい、5年後にこうしたいと考えていても、今月の売上げがつい先に来てしまい、戦略が短くなってしまいがちです。ところが構造的にサクセションを上に置き、それを10年後と決めたら、その時にどういう会社になっていたいか、が次の問いになります。それを率いるのはどういうタイプの人材か?と続き、その人材を10年後に社長にするには、どのローテーションでどういう仕事を任せるか、が決まってくる。そうすると大きな枠組みでの戦略もブレなくなります。もちろん、戦略は途中で変わっても構わないのですが、現社長から見る経営イシューの一番上をサクセションにすると、長期に渡って不整合を起こさない経営ができることに気がつきました。

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質問「理念の浸透を図るためにどんな活動をされましたか?」

古谷

まず、預かっている質問からです。「理念の浸透を図るために、どのような活動をされましたか?」というものですが、先ほど、“理念は排除の理論”と話されていました。

はい。その通り、浸透させるものではなく”排除の理論”なので、ビジョンを体現していない人の比率が減れば減るほど、全体の空気感で、ビジョンの合わない人が入るとすぐ辞めてしまいます。本人も周りもすぐに合わないと気づく。採用に問題があることになりますが、とにかく混ぜるのはダメ。薄める人が居つづけて特徴がなくなってしまうよりは、退職者が多くても濃い、情熱的な組織でありたいですね。

また、浸透というよりはエンゲージメントを上げるために、弊社ではバリューを人事評価の基準として使っています。マネージャーが適正評価できるかどうかという問題がありますが、弊社の場合はマネージャー陣にバリューの捉え方、理解が浸透しているので取り入れています。

古谷

バリューは360度評価ではなく、マネージャーによる評価なのですね。

360度評価をやってみた方がいいという意見も出ていて、試行錯誤している最中ですね。

古谷

”排除の理論”ですが、エントリーの時にはビジョン、バリューの両方を見るのですよね。チェックシートか何かを使っているのでしょうか?

レイヤーによって変わります。上に行けば行くほど感覚で、下は構造化された面接を行なっています。ちゃんとできているかどうかは分からないですが、ビジョンとバリューの両方を見ています。

質問❶

「混ぜるな危険」とのことですが、ビジョン派、バリュー派のハイブリッドもあるのではないでしょうか?あれば、その例をお聞かせ下さい。

難しいですね。弊社がビジョンドリブンであることは変わらないのですが、事業の中でB向けの比率が少しずつ増えている。そうなるとB向け×ビジョンドリブンの要素が出て来て、先ほど説明したように、統制文化になってしまう。ただ、弊社はあくまでビジョンドリブンで、一つの会社で二つの組織マネジメントが混ざるのは難しいので、今、苦しんでいるところです。

古谷

模索中ということですね。

現場は苦労していると思います。B向け事業には、今までのココナラの文化をそのまま適用できませんから。

古谷

BtoCからBtoBへの移行にチャレンジしている経営者の顔が何人か思い浮かびます。

共通部分と分ける部分の線引きをするしかないでしょう。だいぶ昔に聞いた話ですが、マネーフォワード社は、B向けはボトムアップで、C向けは一人のプロダクトオーナーを決めて、その人が権限を持つという工夫をしていたそうです。

どんな会社でも、多角化して、性質が異なる複数の事業を手がける時には、組織の文化の何を共通化して何を分けるかということが大きなテーマになる。ただ、ビジョン派なのかバリュー派なのかは創業者の性質によるので、途中で変わることはないと思います。

古谷

象限が移った時に、会社も変化しなければならないわけですね。

質問❷

ビジョンに合わない社員には辞めてもらうと先ほど仰っていました。私も似たようなことはしていますが、ビジョンを憲法とは考えません。B向け×ビジョンドリブンで、緩い統制にしてうまくやる方法はないでしょうか?

そのように仰っている時点で、それはバリュードリブンですね。ビジョンドリブンの経営者なら、すぐに辞めろ、となりますから。例としてよく挙げる会社があるのですが、そこの統制は明確で、ルールから外れる社員は絶対採用しない。その傾向が年々強くなって、ジョブディスクリプションもすごく細かい。経営者自らがストイックですね。B向けなので、ビジョンで引っ張れない分、ルールで縛っているわけです。

古谷

質問された方は、個人的にもバリュードリブンを大事にされている方だと感じています。

玉虫色のケースもあります。また、高尚なビジョンを掲げ、ビジョンの方を重視していると言いながら、実のところ、社員や会社の空気感を大切だと考えているのであれば、それはビジョンドリブンではありません。両軸に捉えると経営が揺れてしまうので、意図的にどちらかの側に定義して、同じ側で成功している会社の経営スタイルを導入した方がやりやすいと思います。

質問❷

ビジョンが実はバリューというケースもある、と。

はい、先ほど挙げたサイバーエージェントがそうです。ビジョンが「21世紀を代表する会社を創る」ですが、大きな会社を作ることはバリューですから。

元LINE代表取締役社長の森川亮さんは、「ビジョンステートメントは作らない」と明確に言っていました。ビジョンを作ると事業の領域が規定されてしまうけれど、自分は何でもやるつもりだから、と。理念というものを正しく理解されている例ですね。

質問❸

弊社は100名ほどの社員がいて、ビジョンに共感する人が入って来ています。バリューは掲げていますが、ビジョンドリブンです。ただ、色々なタイプの社員がいて、とある社員が産休を終えて出社したので、久しぶりと言って、肩を叩いただけで、コンプライアンス委員会にかけられてしまいました。ビジョンファーストといっても色々な人がいるな、と。

古谷

質問になっていないですよ(笑)。

会社を経営していると、辛いことが多いですよね(笑)。

質問❸

御社のように社員が300人もいると、色々なタイプの人がいると思います。どのように折り合いをつけていらっしゃいますか?

社員はむしろ多様である方がいいと考えています。創業時によく社員に向けて話したのが、“高度な均一性”についてです。この点においてはみんな均一、共通だけれど、それを除けばみんな全然違う、という感覚です。それを規定するのがバリューです。

 

そもそもビジョン、ミッション、バリューって必要なの?という議論もあります。僕も一度考えたことがあって、スタートアップは大抵ビジョン、ミッション、バリューを作るけど、銀行にいた時は経営理念などは知らなかったし、通奏低音で流れているものはあるけれど、声高には言っていなかった。なぜ、スタートアップにそれが必要なのかを考えると、新しいものを作る会社と既存の価値を拡大再生産している企業との違いだな、と。

銀行は圧倒的なマニュアル文化、ルール文化型です。銀行員は似たようなタイプが多いし、「今日は午後から出社したい」なんて間違っても言えません。そして、その文化に適合した人を採用すればいいのでビジョンなんて必要ありません。ルールとマニュアルで十分です。一方、スタートアップは新しいモノを作らなければならず、イノベーションは違うものの掛け合わせから生まれるので、多様じゃないといけない。自分はビジネスパーソンとしては相当戦闘能力が高いと自覚していますが、僕が100人いても僕にできることしかできない。新しいモノを作るには多種多様の人がいた方がいい。ただ、そうなるとコントロールやマネジメントが大変になり、経営学でも、多様性が増すほど企業経営の効率は落ちるとされている。それでもイノベーションには多様性が必要で、この大変さを解消するために存在しているのがビジョンであり、バリューである、と。自由で、多種多様で、動物園みたいだけれど、向かう方向は同じ。社内の振る舞いとしてこれだけは統一の価値観として守る。それ以外の目標達成までのやり方は自由。意見もどんどん出して、そのぶつかり合いから新しいモノが生まれてくる。会社経営をする上で、マネジメントコストを爆増させないためにここだけは全員理解して、というのがバリューの本質だと思っています。

質問❸

その高度な均一性という考えを社員に説明されていますか?

はい、しています。毎月1日にその月に入社した人を集めて、1時間ほどビジョンがなぜ存在するかを話し、その中で説明します。ですが、どれだけ伝わっているのかまでは分からないですね。

古谷

先ほど話されていた、その女性社員は、均一性という点では?

質問❸

ビジョンに共感しているからセクハラされても辞めないのだと思います(笑)。

時代に合わせるしかないです。そこで足元を掬われるのもつまらないから、肩に触っちゃダメですね(笑)。

質問❹

“経営理念は排除の理論”ということですが、エントリーの際に理念に合うかどうかを見極める方法があれば教えていただきたいです。

難しいですね。面接官によってそれぞれ見るポイントが違うし、完全に型化しているわけではないので。

僕自身が面接官になるときには、面接では小・中・高・大学で何をしたのかを相手に尋ねます。仕事の話はほとんど聞きません。というのは、僕にとって採用の基準の一つが、自分の人生を自分自身で決めて来たかどうか、ということ。ココナラは、自分らしく生きる社会をつくろう、と言っているので、その人が人生を自分で決めていなかったら、その時点でアウトです。だから、習い事、部活、大学の選び方を尋ねて、「その時はこう思って大学に行きませんでした」なんて言う人が僕にとっては大好物です(笑)。選択の良し悪しではなく、当時の自分の価値観に沿ってこう決めた、という、それがココナラらしさですから。人から言われて決めた、ではなくて、人生の意思決定の局面を見る。それに影響を与えるのは多くの場合親なので、暗に親がどういう教育をしたのかを聞き出す感じですね。ただ、面接で親の仕事などを聞くのは御法度なので、履歴書を見て、「私立なんだ、受験勉強したんだね、自分で入りたいと思ったの」と質問をすると、自然に親のことを語り始める。そういう話を延々と掘り下げています。

一方、仕事の話はいくらでも盛ることができるので、その人の成果を切り出すのは難しい。会社の看板、上司、同僚がいて、プロダクトがあってのことなので、仕事の成果は採用の判断材料になりにくいです。幼少期の話は盛りにくいし、みんなアイスブレイクだと思っていくらでも話してくれる。そこで価値観、根っこの部分が見えて来て、入社すればこういう働き方をするだろう、ということが分かります。

 

それから、面接時に部下から「この人を取りたいので、口説いてください」と言われることもあります。そのときは、幼少期の体験とやりたいこと、そしてエントリーしている他社の話を聞く。その会社が4象限のどこに当てはまるかは想像がつくので、この人にはこの口説き文句が刺さるだろうな、と考えながら面接をします。「君にとって大事なのはこの点で、君が受けている他社はこのタイプ。そうなると弊社に入るしかないね」という具合で、他社と競った時の勝率は8割ぐらいだと思います。

古谷

なるほど、たいへん参考になりました。ありがとうございました。

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株式会社ココナラ 

南 章行さん

1975年生まれ。名古屋市出身。慶応義塾大学を卒業後、1999年住友銀行に入行、企業調査部にてアナリストとして調査・分析に従事。2004年に企業買収ファンドのアドバンテッジパートナーズに入社。5件の投資案件を担当。2009年には英国オックスフォード大学MBAを修了。帰国後、ファンドでの業務の傍ら、NPO法人ブラストビートの設立を主導した他、NPO法人二枚目の名刺の立ち上げにも参加。2011年6月にアドバンテッジパートナーズを退社し、自ら代表として株式会社ウェルセルフ(現株式会社ココナラ)を設立、スキルのマーケットプレイス「ココナラ」を運営。現在同社取締役。2022年よりベンチャー投資子会社である株式会社ココナラスキルパートナーズの代表取締役に就任。

会社情報

社名
株式会社ココナラ
代表者
代表取締役社長CEO 鈴木 歩さん
本社所在地
東京都渋谷区桜丘町20−1 渋谷インフォスタワー6F
従業員数
206名(2023年11月現在)
創業
2012年
事業内容
Webサービスの開発・運営
会社サイト
https://coconala.co.jp/
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