
経営学者の名和高司さんに聞く①
企業の「ありたい姿」を実現する方法とは

グローバル経営や成長戦略などを専門として、京都先端科学大学、一橋ビジネススクールで教鞭を執る名和高司さん。国内外の企業で成長戦略のプロジェクトに従事し、名だたる大手企業の社外取締役やシニアアドバイザーを務め、経営に関する著書も多数執筆されています。著書『パーパス経営』や『超進化経営』では創立100年を超える長寿企業を類型化し、成長を続けるための経営の思想を説く名和さんに、パーパス経営や100年企業の実態、100年企業を目指す経営者へのアドバイスなどをじっくり伺いました。前後編に分けてお届けします。前編の今回は、主にパーパス経営について教えてもらいました。
(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。
この記事の目次
「志」と似た「パーパス経営」は、日本こそ本家本元

名和さんがパーパス経営に着目された経緯から聞かせてください。

私が『パーパス経営』という本を書いた2021年は、ヨーロッパで「パーパス」というキーワードに火がつき始めた頃でした。パーパス経営を知ったとき、私は昔の日本の良い経営だと思ったんです。平成以降、日本は拝米主義で残念な結果になっていますが、そもそも「パーパス」は「志」のようなものだと私は捉えていて、日本にも良い企業がたくさんあります。欧米で流行っているものを、日本こそ本家本元という形で広げたいと思ったのが、この本を書いた動機の一つです。


興味深い解釈です。そもそもパーパスとは何でしょうか。

パーパスとは、30年後の「ありたい姿」です。私がすごく大切にしている志と似ていて、自分が本当に目指したい姿をしっかり描きましょうというのがパーパスなんです。今の延長線上ではなく、手が届かないくらいのところに置くために30年と言っています。極めて内発的なもので、「何とかすべき」みたいな外から与えられたものではありません。

パーパスはSDGsから考えるようなものではないとおっしゃっていましたね。

社会課題から入りがちですが、自分が命をかけて一生かけてやりたいことは何なのか、自らの熱い思いを外に出していくことが、パーパスの本質だと思っています。
世界では、今の延長線上ではなく、10X(テンエックス)、つまり桁違いの未来を目指そうという言葉が使われるようになりました。これはGoogleが社員に求めている思考法です。
思い描いた「ありたい姿」は必ず実現できる

パーパスは、どのように考えるのですか。

基本的に何を言ってもいいけれど、必要条件が3つあります。自分で「ワクワク」するか、その会社「ならでは」か、そして「できる!」と思うか。できるというのは、自分がそれをやる覚悟があるか、まわりに本当にやれそうだと思ってもらえるかどうかです。その3つさえあれば何でもOKで、むしろ今できないことをどんどん言ってみてくださいと話します。あらゆる制約を取って、やりたい姿を考える。そこは夢物語、ドリーム・セッションでいいんです。
その上で、それがすぐできないのはなぜかを考えます。いろんな制約や限界などが、まず自分の外にいっぱいあると思うけれども、例えば規制や技術、コストなどは破ればいいわけで。イノベーションはそういうものを破ることによって生まれるので、破ろうとしないのは自分側に制約や限界があるわけです。それをどうやって突破するかを見極められれば、パーパスを実現できる。さっきの10Xでも実現できちゃうんですよ。

本当に実現できるのでしょうか。

はい、そう思います。アインシュタインは想像できることは全て実現できると言ったそうです。思いを描いたら、自分1人じゃできなくても、まわりを巻き込んでいけば必ずできるようになる。そのためには強い意志と覚悟が必要で、思いを描けるかどうかが最初のポイントです。そして、絵に描いた餅をどうやって実現するかということに思いきり知恵を注ぐところが大事だと思います。
「パーパス」を「プリンシプル」で自分ごと化する


すごくワクワクします。パーパスには目的という意味がありますが、10Xは目標みたいなものですね。

そうなんです、パーパスを日本語の目的とすると打算的だからあまり好きではなくて、自分のありたい姿というのは目標の方がむしろしっくりきますね。目的なら、AIでも最適解を出してきます。一方、目標というのは自分で作るもの、WILLだから、意識がないAIには作れないんです。

企業にとっての目標は売上のような、目的より次元が低いイメージを持っていましたが、確かに人間にしか作れないものですね。

ただ、私は最近「パーパスおじさん、やめた」と宣言しました。パーパスからプラクティスという実践に進んでほしくて。皆さん、きれいごとのパーパスをいっぱい作ってくれるのですが、そのままでは実現できないので、どうやったら実現できるかという実践に早く踏み込みましょうと言っています。ところが、プラクティスは現実なので、制約だらけでできないことがいっぱいあり、パーパスはあまり役に立たないことが分かりまして、パーパスおじさんをやめたんです。パーパスを遠くで夢見るのはいいけれど、現実は別となりがちなので、私がもう一つ考えたのがプリンシプルです。

プリンシプルですか。

プリンシプルは、原理原則を意味する言葉です。パーパスはきれいごとで、それを実現するためには、どういう優先順位で何を大事にするかという軸が重要になってきます。プリンシプルは会社が本当に大事にしている生業で、皆さんはカルチャーやウェイ、バリューなどと平たい言葉でおっしゃることが多い。これまた絵に描いた餅として、インテグリティ、つまり正しいことをするとか、チャレンジなどと掲げている会社もあり、私はこの2つがあるとだいたい疑わしいなと思います。実際にはできていないことの裏返しなんだろうと(笑)。
パーパスは絵に描いた餅でいいけれども、自分たちが本当に大事にするものは毎日実践しなきゃいけなくて、それがプリンシプルだと思っています。例えば、京セラでは稲盛さんがフィロソフィーと言っていたもので、これをしっかり自分ごと化して、日々優先順位通りにやっているか自分で戒めながらやっていくことで、結果的にパーパスに近づいていく。プラクティスの道具として、プリンシプルをちゃんと自分ごと化することが大事だと感じています。

確かにパーパスだけ掲げても従業員は困りますよね、企業でいうバリューや行動指針にあたる具体がないと。私は仕事でミッション・ビジョン・バリュー策定のお手伝いをするので納得できます。

そうです、パーパスはすぐには実践できないけれども、プリンシプル、バリューみたいなものは日々皆さんが信者のようにちゃんと実践していく必要があります。
パーパスに向かうために今の一歩を考える

パーパスから始まってプラクティス、プリンシプルを大切にするという考え方は、欧米も同じように進んでいるのでしょうか。

いえ、パーパスというきれいごとで終わっていて、プラクティスやプリンシプルを持ち出すことはあまりない状況です。ただ、いい会社を見ると、例えばジョンソン・エンド・ジョンソンはずっと「Our Credo」、我が信条を大事にしていて、ディズニーもプリンシプルをしっかり持っている。パーパスで浮かれている場合ではなく、それを企業文化や風土にしていくのには数年かかります。もっと自分たちで考えていかなければいけませんね。

ちょっと専門的な質問になりますが、パーパスとプリンシプルはどうつなげるのでしょうか。カルチャーはわりとボトムアップで、今までこういうやり方や雰囲気を大事にしてきたよねということが多いと思うのですが、非連続なパーパスとはどう接続されるのですか。

例えば時間軸でいうと、パーパスはすごく長い時間軸で、プリンシプルはその中でどうやって優先順位をつけるのか。いきなり数字が先となりがちですが、今の数字より大事なのは10年後30年後の数字で、どう折り合いをつけるのかを考えます。今これだけを短期でやるとか、中計みたいに3年かけてこれをやるみたいなことではなくて、常にパーパスに向かうためには今どういう小さな一歩を踏まなきゃいけないかを考える、そこが接続の部分です。いきなりパーパスにはいけないので、どういう角度で上がっていくかを想定しながらやっていきます。日本は実践主義なので小さく始めましょうという会社が多くて、それは間違いじゃないけれど、小さく生んで小さく終わるだけの会社が山ほどあります。徐々に角度を上げていくことを自分たちの規律にしていかない限り、うまくパーパスにはつながりません。

過去のカルチャーからの連続ではなくて、目標からブレークダウンしたものを行動規範として置いていくということですね。
後編では、100年企業の共通点や型、100年企業になるためのアドバイスなどを聞かせてください。
◆後編はこちら↓

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京都先端科学大学教授
一橋ビジネススクール客員教授
名和 高司さん
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士。三菱商事を経て、マッキンゼーで約20年間コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授を兼務。ファーストリテイリングや味の素などの社外取締役、ボストン・コンサルティング・グループやインタープランドなどのシニアアドバイザーを務める。
著書に『パーパス経営』『稲盛と永守』『シュンペーター』『桁違いの成長と深化をもたらす10X思考』『超進化経営』『エシックス経営』『シン日本流経営』など多数。