
経営学者の名和高司さんに聞く②
「100年企業に必要な4つの要素とは?」

グローバル経営や成長戦略などを専門として、京都先端科学大学、一橋ビジネススクールで教鞭を執る名和高司さん。国内外の企業で成長戦略のプロジェクトに従事し、名だたる大手企業の社外取締役やシニアアドバイザーを務め、経営に関する著書も多数執筆されています。著書『パーパス経営』や『超進化経営』では創立100年を超える長寿企業を類型化し、成長を続けるための経営の思想を説く名和さんに、パーパス経営や100年企業の実態、100年企業を目指す経営者へのアドバイスなどをじっくり伺いました。前後編に分けてお届けします。後編の今回は、100年企業の共通点や型、目指すためのアドバイスなどをお話いただきました。
(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。
この記事の目次
100年企業の共通点は「守破離」「志×熱意×能力」

名和さんは「100年企業」を研究されています。100年企業が続いていく最大の要因と共通点について教えてください。

私がすごく好きでずっと言ってるのは、千利休さんの「守破離」です。日本の稽古ごとや芸事、武道などはまさに守破離だと思うのですが、100年続く経営は共通してこれをしっかりとやり遂げられています。型をしっかり覚えるところから入り、でも、それをずっと守るだけじゃなくて破り、新しい型を作っていく。一番難しいのは離で、違う次元に上がるとイノベーションが起こります。
100年経つと100年前とは全然違っているけれども、千利休は自分が本当にこだわっている本質、本(もと)を見極めることが一番大事と言っています。本を見極められたら、自由にいろんな形でずらして自分を進化させることができます。

本を見極めることで進化できるのですね。

私は稲盛和夫さんの成功方程式も大好きです。稲盛さんは「義」×「熱意」×「能力」という3つの要素で掛け算するけれども、私は義という言葉があまり好きではないので「志」に置き換えています。自分は本当に何したいのかという「志」が最初で、自分がどこまで覚悟を持つかという「熱意」がある。3つ目として、稲盛さんは未来進行形の「能力」を挙げていて、能力はいくらでも成長できるので、今の能力に制約があるわけではないと。逆に言うと、志と熱意があれば、能力は5倍10倍に膨らみます。パーパスをしっかりと見定めて、本当に自分がそれを実行したいと思えば覚悟が生まれて、実現できる能力を自分自身で、あるいはまわりを巻き込んで作ればいいというのが、稲盛流の成功の方程式なのです。
100年企業を類型化:軸をずらす「頭足」「旋回」型


名和さんは著書『超進化経営』で100年企業を類型化されていました。詳しく教えていただけますか。

はい、2024年に出した『超進化経営』では、100年を超えても進化している会社に焦点を当て、5つの型に分類して紹介しています。
1つは「頭足(オクト)型」です。オクトパスのように8本足を持つ、要するに多角化している会社です。例えば、島津製作所は島津源蔵さんという人が作った会社で、計測を基軸にしつつもずらしまくって、今は4つの事業を持っています。伝統を守りながら常にそれをずらし革新するというのが彼らの基本的な技で、いろんな事業が生まれています。
その変形として、「二天(ムサシ)型」があります。宮本武蔵の二刀流からきていて、8本ではなく2本足の方がバランスが取れると私は思ってます。例えば、YKKは創立91年ですが、金属加工でジッパーとサッシの2つをやってます。彼らは、まずまわりをハッピーにして自分たちもハッピーになるという「善の循環」にこだわり、ジッパーの次にサッシを作って伸びています。楽器とバイクのヤマハも二天型ですね。二天型の会社は両利きの経営ではなく、自分たちのコアをずらしているだけで、新しいものに手を出してるわけではありません。

コアがあるのですか。

それをもっと明確にやってるのが、2つ目の「旋回(ピボット)型」で、軸足を使いながら横にずらしていくことを作法にしている会社です。京都にあるSCREENホールディングスは、印刷から半導体の会社に変わり、半導体の表面処理をやっています。彼らが大事にしてるのは「思考展開」という言葉で、これはずらしなんです。自分たちが同じ場所にいないで、どんどんずらしながら半導体まできて、この後は医薬品やエネルギーなどに展開しようと進化しています。
100年企業を類型化:独自の「異結合」「脱構築」「深耕」型

これまでの2つはずらすタイプですね。他にはどんな型がありますか。

3つ目は「異結合(クロス)型」で、コングロマリット的にいろいろな事業を持ってるだけではなく、それを掛け算させている会社です。例えば、花王は生活用品と化学の両方を持っていて、掛け算しながらBtoCとBtoBに対応しています。味の素はアミノサイエンスを中心に、食品とアミノサイエンスを掛け算して、いろいろな物質を作っています。
4つ目が「脱構築(デコン)型」、デコンストラクションで、昔の形がなくなるほど進化している会社です。例えば、中川政七商店は創業300年を超える奈良のさらし屋さんでしたが、今はさらしはやっていません。13代目の中川さんが「日本の工芸を元気にする」と言って20年近く成長してきて、こじゃれた工芸のお店を作ったり、裏側で支援したりする会社に変わりました。花札の製造から始まった任天堂も、この型と言えそうです。


商材がアップデートされたり変わったりしているのですね。

最後の5つ目は「深耕(カルト)型」で、同じところにずっとこだわり、ぶれない会社です。100年企業を見ていると、わりとこれが多いんです。例えば、中外製薬はちょうど今年100年で、日本で一番企業価値が高い製薬会社なんです。なぜかというと、スイスのロシュに買われて、ロシュとの関係がすごくうまい。ロシュは多国籍企業でアメリカのベンチャーを買ったりしてますが、いいものをしっかり生かそうというのがロシュのやり方です。中外は血友病が一番得意で、難病の患者さんに治療薬を作るのが彼らの志だけど、日本だけでは難病の患者さんが少なくて経営として成り立ちにくい。しかし、親会社のロシュが世界中の難病の患者さんに届けてくれて、一方でロシュが開発したものは日本で彼らが販売できるということで、結果的に中外は自分たちがこだわりのある難病の患者さんを救うところに専念すればそれほど価値が出るんです。海外の会社とセットになったことで、すごく成長しています。

軸はそのままで広がっていったと。

逆に言うと、軸がない限りはロシュにとっても価値がない。会社ならではのものを持っていて、それを深めていることが中外製薬の価値なんです。本には社名のリストも載せていて、ブレない会社が一番多いです。

今からの時代におすすめの型はありますか。

この本にも書いていますが、壁抜けをして進化していくので、ほとんどの会社はまず深耕型から入ります。いろんなものをバラバラやってもうまくいかないので、自分の型を作るためにも、まず単一ビジネスから始めて、そこからいくつかの型に分かれることが多い。でも、結果的に一番強いのはやはり自分たちがこだわっているものであったりするので、例えばファーストリテイリングはずっと深耕型ですね。野菜や靴をやって失敗して、服しかやらないと決めて。そういう会社が生き残ってますし、キーエンスも基本的にはセンサーしかやらない会社で、3Dプリンターなどを始めて少しぶれてはいますけれども、軸をしっかり持っているので、三菱電機やオムロンとは全然違う進化をしています。
100年企業を目指す経営者に4つのアドバイス


100年企業を目指す経営者にメッセージをお願いします。

大きく4つあります。まずは、やはり自分らしさが原点です。私はオイシックスの高島宏平くんをよく知っていて、彼がマッキンゼーに入るときに私が採用したんです。彼は私と一緒にデジタルの分野をやっていたのでITの人だと思っていたら野菜を始めたので、理由を聞きました。すると「自分や仲間が一生かけて本気でやれることは食で、自分らしさを貫けると思いました」と言うので、なるほどと思いました。

この前、30代の経営者が、自分の芸風に合ったビジネスに変えたらうまくいったと話されていました。

そうですね、魂が入っているのはすごく大事なことです。2つ目は、ただそれにこだわってるだけではなくて、学び続ける覚悟で、自分が今まで知ってることにこだわり続けないことも大事で。自分らしさにはこだわるけれども、その上にいろんなものを乗せていく、あるいはずらしていくことをずっとやり続けられるかどうかが、成長や進化が止まるかどうかの大事なポイントです。
3つ目が「たくみ」と「しくみ」で、たくみだけだとその人がいなくなると終わってしまうので、それをみんなが身につけられるしくみにまで落とす必要があります。最近キーエンスはしくみの会社とよく言われるようになって、本当にしくみだらけで動いている会社で、しくみを作れるかどうかがポイントです。

属人化せずに継承できるようにということですね。

そうしないと100年続きませんから。それから4つ目は、10X化する「引き込み」とアルゴリズムです。日本はいいものを作るけれども、スケールできずに小さく終わっちゃうことが多いですね。その分かれ目として、自分たちだけでやらず、まわりを引き込む力が必要です。ソフトバンクの孫さんはよく人たらしと言われますが、やたらまわりを巻き込むのがうまい。社員を引き込むのはもちろん、パートナー企業を引き込むためにはその人や社風の魅力が大事で、それがアルゴリズム化されて、まわりが巻き込まれる形になっていれば、スケールすることが初めから約束されているようなものです。
世界No.1になった日本の良さを世界に広めたい

人を引き付けるのは、まずは個人の魅力でもいいのですね。

私は「和僑」という言葉が大好きです。華僑や印僑のように、自分たちのオリジンから外に出ている人たちのことで、日本は江戸時代の鎖国前にカンボジアやベトナムやタイなどに船で行った人がいっぱいいて、鎖国で帰れなくなり現地で頑張ってる人たちを和僑会と言います。ところが日本では島国根性が出てきて、今は閉じこもってしまっているけど、もう1回外に広げていく力を持ちましょうと言いたいんです。日本には世界遺産の価値がたくさんあると思っています。
最近、日本がNo.1になった事例があります。世界的な市場調査会社イプソスによる「アンホルト-イプソス国家ブランド指数(NBI)」で、日本は2023年に1位になりました。評価が高いのは2つの項目があって、一つは「信頼度」、もう一つは「他のどの場所とも異なる」でした。今、世界はどんどんアメリカナイズされて標準化されちゃって、どこに行ってもコカ・コーラとハンバーガーになっているけど、日本はこだわって、京都などは特に伝統のものをいっぱい持っていますよね。日本人はガラパゴスと称して、自分たちが世界標準じゃないと言ってたけれど、それはすごい希少価値で、日本はもっと誇るべきです。だから大企業よりも中小企業や、何かにこだわって一事専念された会社はすごく価値があると思っています。

ずっと伝わってきていることはすごいですよね。

それらを「共感善」を広げていければと考えています。昔から「共通善」、英語でコモングッドという言葉がありますが、世界の共通善はありません。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授も白熱教室で「コモングッドなんかありません。あるのはコミュニティグッドだけです」と言っています。「これっていいね」と共感する気持ちは、世界共通ではないでしょうか。こだわってきた日本ならではのものや考え方、経営の素晴らしさを、共感善によって世界に広げていきましょう。

「共感善」、いい言葉ですね。企業理念も、そこに共感できる人たちが集まってパワーになるのだと思います。名和さんはいろいろなことを明確に型化されていて、大変勉強になりました。ありがとうございました。

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京都先端科学大学教授
一橋ビジネススクール客員教授
名和 高司さん
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士。三菱商事を経て、マッキンゼーで約20年間コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授を兼務。ファーストリテイリングや味の素などの社外取締役、ボストン・コンサルティング・グループやインタープランドなどのシニアアドバイザーを務める。
著書に『パーパス経営』『稲盛と永守』『シュンペーター』『桁違いの成長と深化をもたらす10X思考』『超進化経営』『エシックス経営』『シン日本流経営』など多数。