
オリジナルの理念体系で
南紀白浜から100年企業を目指す
興味のあるトピックが一つでもあれば、この記事がお役に立てるかもしれません。
- 海外研修を経験して退職し、翻訳業をスタート
- 売上2億円の翻訳事業に見切りをつけ、ソフト販売へ
- 約1万8000坪の本社に宿泊ルームや食堂などを完備
- 目指すのは「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」
- 「クオリティ ポラリスマカバ」を100年企業の羅針盤に
- ブランディングチームを立ち上げ理念浸透を図る
- 地域資源を生かして人に役立つ事業をしたい
和歌山県・白浜に本社を置き、クラウドサービスとパッケージソフトウェア製品の開発及び販売をメインに展開するクオリティソフト株式会社。代表取締役CEOの浦聖治さんは、大手企業を退職後にフリーランスの翻訳から始めて、時代の変化に応じて柔軟に事業を展開し、2024年に創立40周年を迎えました。
時機をとらえた事業転換やユニークな理念、地方だからこその未来図まで、じっくり話を聞きました。(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)
海外研修を経験して退職し、翻訳業をスタート
――浦さんが1984年に会社を設立されるまでのキャリアを教えてください。
私は和歌山工業高等専門学校を卒業して、音響メーカーのパイオニアに就職しました。外国に行ける海外研修制度があったのと、音楽が好きだったからです。社内試験に合格し、1976年から2年5か月アメリカに滞在しました。しかし、与えられた仕事は、4万台の中古車のカーオーディオ挿入口の寸法をひたすら測る作業…。本社に直談判してアメリカの大学に入学させてもらい、頑張って16か月で卒業しました。帰国後は新しいことをしたかったのですが、事なかれ主義の上司に提案を却下され続け、2年で退社しました。
――20代のうちに退社されたのですね。
はい、それから東京の会社に2年勤めた後、フリーランスで科学技術文書の翻訳の仕事を始めました。すると大手の印刷会社から、大きな仕事があるけど法人にしか出せないので、会社を作ってくれと言われて。それでクオリティサービス株式会社(現・クオリティソフト)を東京で設立しました。1984年、31歳のときです。ゼロックスが発売したStarワークステーションという商用コンピュータシステムのマニュアル制作や、ソフトウェアの日本語化などを手掛けていました。
売上2億円の翻訳事業に見切りをつけ、ソフト販売へ
――どんな会社にしたいとお考えでしたか。
必要に迫られて慌てて作った会社なので、理念なんてありませんでした。社員が5人に増えた頃から悪戦苦闘し、若い女性社員から「浦さんは平社員から社長になったから、マネジメントを知らない」と言われたりして(笑)。
しばらく翻訳の事業を続けて、「速い、うまい、安い」が当社のウリでした。例えば、ヒューレット・パッカード社の依頼で、7000ページの翻訳・版下を2か月半で完了させたこともあります。でも、ほとんど利益が出なくて、これでは将来がないと感じ始めていました。
すると、ちょうどMacintosh用のネットワークライセンス管理ソフト「KeyServer(キーサーバー)」を販売しないかという話が舞い込んできました。知的財産を守るソフトで必要だろうと思い、94年から翻訳とソフト販売の2軸に。2年後にはKeyServerの売上が1億円に達して、一方で2億円の売上があった翻訳業を1年でやめると宣言しました。
――大きな勝負に出て。社員の方々の反応はいかがでしたか。
当時は社員10人くらいで、もう社内は騒然ですよ。それでも宣言通り翻訳はキッパリやめて、別の海外のソフトなども仕入れて販売しました。ところが数年後、マイクロソフトが同時使用ライセンスを廃止したため、当社の主力だったKeyServerの売上が減少。そこで、IT資産管理ソフトウェアベンダーの先駆けとして「QND Plus」という自社ソフトを開発して、98年に販売を始めました。さらにクラウド時代を予見して2007年にクラウド型IT資産管理「ISM CloudOne」のサービスをスタートし、今も主力商品になっています。
――時代の流れに応じて、会社の業態を変換されてきたのですね。
山あり谷あり嵐ありで、ギリギリのところでやってきました。翻訳から始めて、今はソフト会社になりました。受注側から発注する側に回れたことはありがたいですね。
約1万8000坪の本社に宿泊ルームや食堂などを完備
――こちらの本社オフィスは緑豊かな広大な敷地で、海を見渡せる高台にあって、とても素敵です。
ありがとうございます。もともと東京本社で和歌山の白浜に拠点があったのですが、2016年12月末に白浜の拠点をここに移し、本社オフィスにしました。それを機にもっと地元とのお付き合いを深めようと「INNOVATION SPINGS(イノベーションスプリングス)」と銘打ちました。約1万8000坪の敷地に、宿泊ルームやセミナールーム、コワーキングスペース、一般の方も利用できる食堂などがそろっています。ここにいろいろな人が集まって交流することで、新たなアイデアや雇用が生まれるような、イノベーションあふれる泉となることを目指しています。
目指すのは「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」
――御社のウェブサイトに企業理念のページがあります。先ほど、創業当時は理念がなかったとおっしゃっていましたが、最初に理念を意識されたのはいつ頃でしょう。
最初は97年10月に「貢献と成長の豊かさ」と打ち出したんですよ。うちはできちゃった会社で、なんとか食いつないできたけれど、企業には理念が必要だろうと思ったからです。それで人生や会社の目的は何かと考えたとき、貢献の喜びと成長の喜びかなと思い、この理念にしました。それがずっと続いていて、今から6年ほど前に「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」というのを新たに出しました。
――「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」にはどのような思いが込められているのでしょうか。
日本にはたくさんの地方があり、素晴らしく豊かな国です。しかし、人々は仕事を求めて都市圏に集中し、もったいないことをしています。当社の本社があるこの場所にあらゆる人々が集い、イノベーションが湧きおこり、地方に雇用が生まれることで、日本は世界一豊かな国になれる。そして、日本の豊かな自然と、地方で豊かに生活できるモデルを世界に発信することで、世界をも豊かにしたい。そのような思いで「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」と掲げました。
そしてもう一つ、仕事のやり方として「クオリティスタイル」を明示しました。全ての社員がワイワイガヤガヤと、面白いことをしよう、デカいことをしよう、喜んでもらおうと常に考え行動する会社でありたいと考えています。
「貢献と成長の豊かさ」「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」「ワイワイガヤガヤ」、この3つを軸にしていました。
「クオリティ ポラリスマカバ」を100年企業の羅針盤に
――さらに新たな形で整理されたそうですね。
そうなんです。そのうち自社でクラウドの基盤を作るようになり、ナンバーワンのクラウドカンパニーを目指すという目標もできました。すると、軸が4つに増えて、一体何をやりたいのかを整理しようと考えていたところ、正四面体を2つあわせた星型八面体、つまり“マカバ”で表現できたんですよ。
まず目的としては、INNOVATION SPRINGSで日本の地方に雇用を生み出し、日本を世界一豊かな国にする。働き方はワイワイガヤガヤで、理念とする貢献と成長意欲にあふれた人が集まり、手段として強い武器はクラウドです。ただ、最近はAIも勢いがあるのでクラウドAIになる可能性もあり、手段の部分は時代と共に変わっていくものであると考えています。
――なるほど、これがマカバの上の部分ですね。
上の部分が「組織が向かう方向」としての正四面体で、それをかたちづくる「メンバーに期待される生き方」の正四面体が下になります。下には、メンバーに期待される4つの要素として「素直」「誠実」「挑戦」「願望」を当てはめました。
マカバの向かう方向は、頂点が北極星であるポラリスを指していて、決してぶれず普遍であるからポラリスマカバと名付けました。「クオリティ ポラリスマカバ」は、私たちクオリティソフトが100年企業に向かうための羅針盤です。
――私たちはいろいろな会社の理念の整理をお手伝いしてきましたが、このような模型を用いるのはユニークです。
この「願望」のところは責任にしようとしたけれど、今はもう責任を持ってやろうという時代じゃない。給料のために仕方なくやるのではなく、自らやりたいと願望するまで自分の仕事を昇華させてほしいという思いで願望にしました。願望の先が、上の正四面体の貢献と成長につながっていきます。
――全て社長がおひとりで考えられたのですか。
私を含めて3人のメンバーがいたけれど、ほとんど私が考えました。
あとは、幸せになる努力を大切にしてほしいですね。人は成功したら幸せになるのではなくて、幸せだから成功するという研究結果があります。幸せになるためには、感謝すること、人に親切にすることを心掛けてほしいと思っています。
ブランディングチームを立ち上げ理念浸透を図る
――クオリティ ポラリスマカバは奥が深くて、社内に浸透するのに時間がかかりそうです。浸透はどのように進められているのでしょうか。
朝礼などで話をするのですが、結構複雑なので、すぐに理解できる人がいれば、なかなか理解しづらい人も多い印象を持っています。願望というところでは、自分の体験談を語るつもりです。私はパイオニアの新入社員のとき、空気圧で回るエアドライバーで1日単純作業をしていました。3人のうち1人はふてくされて、こんなことやってられないという表情で仕事をしていたところ、結局1年半、その生産ラインで研修を続けることになってしまいました。私はいかに速くやるかというゲームにして、楽しく頑張った結果、3か月で卒業できました。要するに、want toにしたら面白くて成果が上がり、次に行けるという話です。
――そういうエピソードが分かりやすくて、社員の皆さんに響くと思います。
2024年10月にブランディングチームを立ち上げて、理念浸透の
活動を始めました。私がトップで、メンバーが3人います。デザイン出身で経営戦略チームにいた人、地域イベントの企画や動画制作が得意な人、しゃべるのが好きな人を抜擢して、それぞれの強みを生かして活動してもらっています。
朝礼では私や経営幹部が話すこともありますし、チームが理解しやすいようにかみ砕いて浸透させていってくれることも期待しています。
2024年2月に創業40周年の式典をして、そのときにクオリティ ポラリスマカバを発表して、本社にモニュメントを作りました。これは本当に北極星を向いているんですよ。各拠点にも小さなレプリカを置いています。
――目に見える形にされているのは、すごく大事だと思います。理念の浸透を図るのは、会社を続けていきたいという思いからですか。
こうありたいというモデルをはっきりさせないと、社員のみんなが仕事をしにくいと思ったからです。みんなで同じベクトルを向きたいし、うちのメンバーはこうあってほしいというものを示さなければという思いもありました。
――社員のためという思いが強いのですね。
働いてくれるみんなは「今日も1日いい仕事ができた」と思いたいでしょう。どうしたらいいんだろうと悶々とするのは良くないので、あるべき形を示してガイドすることが必要だと思っています。
――今、社員は何人ぐらいですか。
上海を入れたら200人ぐらいです。ここ白浜と東京、大阪、仙台、松本、名古屋、上海に拠点があります。
――拠点が多いと理念を共有しにくいと悩む会社も多いようです。いかがでしょうか。
その通りですね。当社は2001年から複数拠点になり、ペーパーレスもクラウドもいち早くやってきましたが、理念共有は朝礼のときにやっているくらいで、ブランディングチームが頑張ってくれています。
地域資源を生かして人に役立つ事業をしたい
――浦さんの経営者としての信念や志について聞かせてください。
97年に45歳で企業理念を決めるとき、人生の目的についても深く考えました。そのとき導き出した、自分なりに社会にどう貢献できるか、この人生でどう成長できるかという目的は、今も変わっていません。
私は和歌山出身で江戸から明治時代を生きた浜口梧陵(ごりょう)を尊敬しています。実業家や政治家として社会に貢献し、大津波が発生した際は多くの村人を救い、被災者救護や防波堤の築造にも尽力した人です。
つい先日、うちの本社は災害対応ができるのではないかと気づきました。高台にあって、宿泊できて、ガスや米があるから炊き出しもできる。クラウドでデータを守れて、災害対策アナウンサードローンもありますから。すでに下の地域と協定を結んでいますが、これから雨水をためる仕組みを考えたりして、津波などの災害があれば受け入れられるような体制を整えていきたいです。
――最後に、今チャレンジしていることや今後やっていきたいことを教えてください。
当社では「たまな」というネーミングで食の事業を展開してきました。食で人を健康にしよう、農業を続けられるようにしようという思いのもと、かつて東京の青山で料理教室や食堂を開いて大人気でした。ただ、採算が合わずに閉鎖し、今は本社に食堂があり、「たまな商店」では通信販売をしています。ほかにも、和歌山の豊かな海を生かした釣りや水産物の事業、林業の再生などに興味があります。
当社が目指すのは「INNOVATION SPRINGSで世界を豊かに」。ITはあくまで手段で、当社の重要な武器であり、最先端のところは若い人にやってもらって、私は地域資源や食など生活により近いところで人に役立つ事業をやっていきたいです。
――私も東京でがむしゃらに働いて福岡で創業し、地方の豊かさを実感しています。今日はいろいろお話を聞かせていただき、御社がここにある理由がよく分かりました。ありがとうございました。
「企業理念ラボ」には、
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クオリティソフト株式会社
浦聖治さん
1952年、和歌山県串本町生まれ。和歌山工業高等専門学校電気工学科を卒業後、パイオニアに入社。1984年翻訳会社を設立し、ソフトウェア製品の開発や販売、クラウドサービスを展開。著書に『アドレスフリーという働き方 なぜ「好きな場所」で仕事をすると成果が上がるのか』(光文社)。
会社情報
- 社名
- クオリティソフト株式会社
- 代表者
- 代表取締役CEO 浦 聖治さん
- 本社所在地
- 和歌山県西牟婁郡白浜町中1701-3
- 従業員数
- 181人(2024年4月現在)
- 設立
- 1984年
- 事業内容
- クラウドサービスとパッケージソフトウェア製品の開発及び販売業務、ドローンソリューション関連事業、その他事業