EVENT REPORT

町の電気屋から一大ホームセンターへ、
総合商社出身3代目社長の挑戦

町の電気屋から一大ホームセンターへ、総合商社出身3代目社長の挑戦

ホームセンター「グッデイ」を中心に、九州で事業展開する嘉穂無線ホールディングス株式会社。創業時の電気屋からホームセンターに本業を移し、現在の3代目社長は、DX事業をスタート。創業精神を守りながら新規事業を生み出す、代表取締役社長柳瀬隆志氏にお話を伺いました。

(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明

※この記事は、2024年2月13日に開催された企業理念ラボ主催のサロンイベントのレポートです。一部公開ができない発言は割愛している旨、ご了承ください

お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。

この記事の目次

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電気屋になるつもりで戻ったら、家業がホームセンターに変わっていた

古谷

まずは、御社の事業内容について教えてください。

柳瀬

当社、嘉穂無線ホールディングス株式会社には、4つの事業部があります。その4つを順にご紹介する前に、簡単に歴史をお話ししますね。

 

祖父が創業者で、僕は3代目になるのですが、もともとは嘉穂無線という1950年創業の会社です。名前に「無線」と付くことからわかるように、ラジオパーツを販売していました。

 

祖父は陸軍士官学校を卒業後、無線の教官をやっていたので、ラジオの知識がありました。終戦後は福岡の飯塚市役所に勤めるつもりだったのに、公職追放令の対象になってしまったので、ラジオの知識を活かして、秋葉原でラジオパーツを買ってリュックに詰めて持ち帰り、自宅の軒先で売り始めたそうです。その後、電気屋になり、やがて「デンキのカホ」という家電量販店に転じ、福岡・長崎に最大15店舗程度を構えるようになりました。

 

僕は1995年に東京に出たのですが、その年に会社は事業再編をして、伸びていたホームセンター「グッデイ」事業に投資するようになりました。当時、20店舗ほどだったのが、僕が戻った2008年には60店舗になっていました。

かつては家電が主な事業で自分は電気屋の息子だと思っていたのに、戻って来たらホームセンターが主な事業になっていた。このホームセンターを運営するのが株式会社グッデイです。これが1つ目の事業。

 

2つ目の事業がカホパーツセンター株式会社。「デンキのカホ」に、マイコンのパーツやLEDなどを売るコーナーがあって、根強いファンがいました。それで当時の店員たちが、屋号だけ引き継いで独立したのです。

 

ところが去年の4月に同社の社長から「自分たちも歳をとったので、会社を売却したい」と相談がありました。「それなら当社でやりますよ」ということで、株を買い取りました。現在はグッデイの元店長が店長を務めています。

 

それから、3つ目の株式会社イーケイジャパンは、1970年代にロボット工作キットなどを販売し始めて、現在、「エレキット」のブランド名で学習キットを取り扱っています。

 

4つ目のカホエンタープライズですが、ここでは2017年からデータ分析などを中心としたDXコンサル事業を始めました。4つの事業の中で今、ここが一番伸びていますね。

古谷

メインはホームセンター事業ですが、これはお祖父様が始められたのですよね?

柳瀬

はい。グッデイ自体は1978年創業ですが、当時は、嘉穂無線の一事業部でした。ある社員が「ホームセンターというものが流行ってきているので、それをやりたい」と言いだし、祖父が「やってみたら」と言って、社内ベンチャーみたいな形で始まりました。

 

最初は苦戦していたけれど、1980年代になって好転し、90年代からはホームセンター業界自体が伸びてきて、今は64店舗を数えます。僕自身は、ホームセンターのことがよくわからなかったので、戻って来てまず1年くらい、グッデイの店舗で働きました。

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2000年代でも社内にメールアドレスなし。超保守的な会社の変革に着手

古谷

株式会社グッデイの企業理念は、「家族でつくるいい一日」と伺いました。

柳瀬

「家族でつくるいい一日」の「いい一日(good day)」でグッデイですが、創業当時のコンセプトから、いつの間にか変わってしまったことに気がついたので、まずはそこをちゃんと元に戻そう、と考えました。

 

僕は2008年に入社したのですが、保守的な会社だ、というのが最初の印象でした。まず、デジタル化が遅れていて、2008年の時点でメールアドレスもなければ、パソコンがネットに繋がっていない状態でした。店頭でも電話やFAXでの対応が中心でしたね。

 

グッデイを立ちあげた方は、その7年ほど前にすでに退職していて、引き継いで代表になった取締役が独特の価値観を持っていて、「数字を見ると勘が鈍るから見ちゃダメ」なんてことを言う。

 

POSシステムは導入されていて、データは帳票としてきちんと出ているのに、分析しないのです。さらに「この店は、職人向け、男性向けだから、キャラクターグッズは置いちゃダメだ」とか、独自のルールが根拠無く設定されていて、「経験と勘」で経営が行われていました。

 

どうやら、僕は「現場のことは何もわからないだろう」と思われていたようです。三井物産に勤めていた時に、マクドナルドやセブンイレブンを担当していたので、外食や小売の現場はある程度、わかっているのですけれど。その取締役が辞めた後も、社員たちは、彼のやり方が当たり前だと思ったままで、何も変わりませんでした。

古谷

改革に取り組まなければいけない、と。

柳瀬

人を説得して何かをやってもらうのは難しいと思い、とりあえず自分一人でやれることから始めて実績を作り、信頼を得ようと考えました。

 

まずはテレビCMシリーズを作りました。前職で経験があったわけではないのですが、大学時代のゼミがマーケティングのブランディングで、CMプランナーの岡康道さんから、直接CMの作り方について話を聞いたことがあって。それを思い出しながら、グッデイを「職人の店」から「家族でつくるいい一日」に戻すための広告を考えました。DIYという言葉を使わずに、DIYを表現する「グッデイならできる」というキャッチコピーを代理店に提案してもらい、そのCMは福岡広告協会大賞も取りました。

 

もう一つが、物流センター作りです。以前は200社を超える取引先のトラックがバラバラに店舗に納品して、全品検品をしていたのです。それを物流センターに集約して、サンプル検品に。おかげで、人件費が1億円くらい節約できましたね。

 

当時、会社にはCM制作の経験がある社員はいなかったし、物流センターも新しい試みだったので、両方ともやりやすかったです。

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システムはいじらず低コストでDXを実現、そのノウハウでコンサル業も

古谷

DXコンサル事業は、柳瀬さんが始められたのですよね

柳瀬

はい、DWH(データウェアハウス)とBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを使ってデータを分析する仕組みを作りました。40歳の頃にデータ分析やプログラミングの方法について0から自分で勉強しはじめました。もともと興味がある分野だったのですが、社内で10人くらいのメンバーと毎週、勉強会をやりながら、新しいデータ分析の仕組みを作ったのです。

 

DXというと、システムの入れかえを想定しますが、システム自体は僕が入社した時のままで、中のデータだけをいったんデータベースに入れて、それを分析する仕組みです。システム自体をいじるとコストがかなり高くなりますが、データを抜いてBIツールを使って分析するだけなので、安く済みます。

古谷

もともと、データ系のことに関心が強いようにお見受けしましたが。何か興味を持ち始めたきっかけのようなものがあるのですか?

柳瀬

最初、社内でデータ分析を始めた時は、システム担当の部長に「こんな書式でデータが欲しい」と頼んでも、「3週間待て」とか「仕様書を出せ」などと言われました。データ分析をしたいと言ったところ、システムをいじれば、店舗のシステムが止まってしまう可能性があるし、分析用サーバーを用意するとなると、費用が5000万円で半年かかるなどと言われ、何とかいい方法がないかと。

 

その後、クラウドにデータを入れるようになって、そこに溜まっているデータをBIツールで分析すればいいのだとわかりました。この方法ならシステムにも何も影響がないし、現場レベルでデータ分析ができるようになりましたね。

古谷

このノウハウを今、コンサルで提供されているのですね。このように次々と会社をイノベーションしていった、と。

柳瀬

それが、商品部や店舗運営部の改革に着手しようとしても、社員は数字を見る習慣がないし、「予算を作りましょう」と言っても「その通りにはならないから意味がない」なんて答えが返ってくる。エクセルを使ったことがないので、集計や分析もできない。現場で活躍した社員にバイヤーを任せたら、エクセル作業に慣れていないため、バイヤーとしては上手く機能しなかったりしました。著書『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)にも書きましたが、まさに暗黒時代でしたね。

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「社員と話すのが怖い」コーチングで克服した壁

柳瀬

色々なことが変化したのは、2015年くらいです。きっかけは僕自身がコーチングのセッションを受けたことですね。

 

僕は3代目で、31歳で入社し、当時の肩書きは副社長、営業本部長でした。

ただ、それまでずっと会社で働いていた社員の仕事のやり方に、口を出すのは難しくて。外部からホームセンターの営業部長の経験がある人を呼んで、直接指導してもらったこともあるのですが、「頭ではわかるけどその通りに行動できない」と言われたり。

 

「意識改革が必要」などと簡単に言いますが、難しいですよね。自分の子どもだって、やれと言ったことをやらないのに、いい大人で、しかも自分より先輩にあたる人が、僕の言うことを聞くわけがない、と途方に暮れました。

古谷

悩んで、たどり着いたのがコーチングだったのですね?

柳瀬

はい、そこでまず、質問することの大切さを学びました。コーチングセッションでいろいろな質問をされるのですが、回答するために自分で考えて文章を作らなければなりません。また、回答した後も質問されたことが長く意識に残ったりする。ところが、単に「こうしましょう」と言われると、「わかりました」で終わってしまいます。

 

実は、最初は社員と話をするのが怖かったんです。相手が何を言って来るかわからないし、自分の正解とは違うことを言われたら困るし。ただ、自分では思いつかないようなアイデアが出ることもありますよね。コーチングで言われたのは、相手の意見がいいと思ったら、「いいね」とはっきり言う、よくないと思えば、ダメとは言わずに「他の方法はないか?」と質問する。

 

相手からいいアイデアが出てこなかったら、その時点で「こうしましょう」と自分のアイデアを伝えればいいわけです。それも、「こうしなさい、これが正しいから」ではなく、「こうしたいのですが、そのためにはどうすればいいと思いますか?」となるべく質問するようになりました。

古谷

コーチングで体感したことを、社員と接する時に活かしたわけですね。

柳瀬

もう一つコーチングで気づいたのが、自分の好きな言葉が「新しい」「変化する」「チャンジ」の3つだということです。一時期、自分が次々と新しいことを言うのが恐ろしく感じられたことがあって。「DIYを根付かせろ」と言った次は「データ分析をやれ」、そしてまた何か新しいことを言う。社員は付いてくるのが大変だろうな、と思いました。

 

それが「社会の変化に対して新しいことに積極的にチャレンジする」と宣言してしまえば、ブレがなく、社長はこういう人なんだ、と理解してもらえる、と腑に落ちました。

古谷

自分を再発見して、社内でセルフブランディングした、ということですね。

柳瀬

そうですね。以前は、みんなも自分と同じように「新しい」「変化する」「チャレンジ」が好きだと思っていました。ところが、そんな話をすると「人は新しいことや、変化すること、チャレンジすることは嫌いですよね」とか「そんなことが好きな人が世の中にいますか?」なんて言われ、驚いて、自分は相当ズレてるのではないかと。新卒で入社した三井物産は、自分と似たタイプが多かったのですが。

古谷

変化やチャレンジが好きじゃない人たちを率いていくわけですから、そこに気づかれたことは大きいですね。柳瀬さんは、まず自己変革をされたという、事業継承者としては珍しいパターンのようにも感じます。

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自分と会社の目指す方向が一致しない。後継社長ならではの悩み

柳瀬

自己変革というか、自己理解ですよね。創業者は、やりたいことと企業理念が被っているので、迷いがない。僕の場合は、自分は電気屋の息子だと思っていたのに、ホームセンターの社長になれ、と言われました。DIYなどやったこともないし、ホームセンターについて語れと言われても語りづらい。

 

逆にデータとITと小売りについて話せと言われたらいくらでも話せる。自分のやりたいことや考えていることと、会社の目指す方向が一致しきれないという悩みがあります。

 

古谷

この図 はわかりやすいですね。後継社長にとっては、納得感があるかと。

柳瀬

当社の場合は、2代目社長の父が苦労しましたね。というのも創業社長が全部仕事を抱え込んでいたのですが、急に2年くらい入院することになったため、父は何をしていいか全くわからないまま社長になったのです。相続対策などもしていなかったので、株の相続とかが大変だったそうです。

古谷

でも、継ぐことを前提で戻られたわけですよね

柳瀬

そうです。実は、父は家ではあまり仕事の話をしなかったのです、僕も自分の子どもに仕事の話はしないので、それは当たり前かなとは思うのですが。仲が悪かったわけではないのですが、あまり喋ったことがなかった。ところが、僕が入社した日に、社長室で父と一緒に3時間くらい話すことになり、会社のことについて、こんなに考えているのだなと、びっくりしましたね。

古谷

そもそも、会社を継ぐ決心をされた理由は? 新卒で入社された三井物産はどういう心持ちでお辞めになったのですか?

柳瀬

総合商社の仕事は楽しかったのですが、自分はサラリーマン的な立ち回りが上手な方ではないし、鶏口牛後とも言いますし、チャレンジをしようかな、と思いました。商社にいた時、300億円くらいの売上規模の仕事を一つ立ち上げて、それを3年くらいで軌道に乗せて会社に恩返しできたかな、と。逆に、それ以上の仕事を新規で取るのは難しいと考え、辞める決心がつきました。

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「ずば抜けた才能がある社員」の見つけ方

古谷

やり切った感があって、次のステージに進もうと思われたわけですね。他の選択肢はなかったのですか、転職するとか?

柳瀬

それはなかったです。自営業者の子どもは商売に対する意識が違う。「自分でやってみたい」という気持ちがあるんですよね。社長業はいろいろと大変なことはありますが、やりがいの一つが社員の成長を見ることです。会社の成長って人と組織の成長なんですよね。社員が成長すると会社が伸びる。「社内からヒーローを生み出す」とよく言っているのですが、たまに、すごく才能のある社員がいたりする。そういう人をどんどん生み出していきたいと思っています。

古谷

具体的にどんなタイプの社員ですか? どうやってそういう社員を見つけて引き上げるのでしょう?

柳瀬

自分の好きなことがわかっている人ですね。園芸が好きで入社した社員がいるのですが、彼は園芸のことしか喋らないし、自分でよく勉強して、突きつめ、色の関係性、高さのバランスなどについて独自の理論を打ち立てている。その人はNHKの「趣味の園芸」コンテストに出て、1位を取りました。こういうタイプはコーチングなんか、全く必要がないですね。

 

それから、パートナー社員を正社員に登用する面談で、「植物を売るのが好きで、やりがいを感じる」と言った人がいました。確認したら、その人が植物売り場の担当になってから1年間で売り上げが1.5倍に、4年で2倍に、64店舗中58位だったのが28位になっているんですね。

 

実家が服の雑貨屋で、小学生の頃からマネキンに服を着せたりして、自分の考えたコーディネートで客が買い物をするのが面白かったと言っていました。自分の好きなことと会社の方向性が一致すると、ものすごい能力を発揮する人がいるんだな、と思いました。

古谷

そういう社員は現場に行ったからこそ、発見できたのですね?

柳瀬

たまたまですけどね。そういう社員は、社内報で紹介すると本人のやる気がさらに上がりますし、「他にもこんな人もいますよ」なんて情報も上がってきます。

古谷

スペシャリティのある人はそういう方法で見つけられますね。マネージャーや経営陣など管理職の育成はどうされていますか?

柳瀬

当社のマネージャーは中途採用が多いですね。入社時のグッデイの組織は、代表がいて、後は並列な関係で運営されていました。部長もいませんでした。店長じゃなくて店舗責任者と呼んでいて、全ての意思決定はグッデイの代表が行う形になっていました。フラットな組織というと聞こえは良いですが、トップが全てを決めているので中間管理職が全然育っていませんでした。以前、プロパーの中でもリーダー的な立場の人がいて、部長職を任せたのですが、会社の中で部長の仕事を学ぶことがなかったので、マネジメントができなくてうまくいきませんでした。仕方が無いので、中途採用で部長職が任せられる人を採用し、各部署のマネジメントを行ってもらうことにしました。

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新規事業は、本業のホームセンターからのスピンアウトが鉄則

古谷

中間管理職の育成について悩んでいる企業は多いですね。新規事業に関してはいかがですか?

柳瀬

最近で言えば、リノベ事業、オフィス緑化事業などですね。福岡県の住宅供給公社の団地リノベーションプロジェクトに入札して、団地の3室をリノベーションしました。これはモデルルームになっていて、商材は全てグッデイの店舗で買えるもので、テレビ番組でも取り上げてもらいました。店の周りは団地が多いので、今後は事業化を進めようと思っています。

古谷

こういう新規事業は、柳瀬さんの発想から始まるのですか?

柳瀬

今回は、住宅供給公社さんから提案がありました。すると、マーケティング部の社員が「リノベ担当としてディレクションをやりたい」と言い出したので、その社員にディレクションを全部、任せました。新規事業のカホエンタープライズに関しては、基本は中途採用ですが、若くてやる気のあるエンジニアも集まってきていて、話していると刺激があって私も楽しいですね。

古谷

中核は、あくまでホームセンター事業ですよね。新規事業との関連付けというか、今後の事業展開についてはどう考えていらっしゃるのですか?

柳瀬

ホームセンターの事業領域は、職人向けの資材から、カー用品、インテリア、食品まで幅が広いです。その中でグッデイの強い領域があって、それをうまく収益化するにはどうすればいいかを考える。店頭ではやりづらいけど、そのノウハウを外に持っていけば、ビジネスになることもあるので、それを切り出していく。本業があって、そこからスピンアウトしていく感じでしょうか。

 

いずれにしても財務的な仕組みをよく考えて、損をしない仕組み作りが大切です。「こんなことをやりたい」というところから発想せず、こう仕入れてこう売ればリスクはない、という保守的な考え方で新規事業は行っています。どう考えてもリスクがないし、損もしない、うまくいったら収益化できるし、ダメならやめればいいという、堅めの事業計画を作ります。

 

例えば、オフィス緑化事業はBtoBなので、在庫を持って店頭で物を売るよりリスクが少ない。提携先にメンテナンスに行くのですが、植物は1回のメンテナンスで結構持つので、それほど費用はかかりません。

 

データ分析もクラウドサービスを使えば、費用を低く抑えられます。手軽で簡単にできるけど、ちゃんと収益が上がる仕組みを作る。それが、私の得意とするところかもしれません。

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「接客中に話しかけられた時の対応は?」社員の日々のお悩みに応える理念を

古谷

最後に、理念についてですが、「家族でつくるいい一日」に、社員の意識を向けるために、どんな活動をされていますか?

柳瀬

前の会社にいた時は正直、企業理念なんか必要ないと思っていました。ところがこの会社でパート社員さんたちとランチミーティングをしていると、やっぱり必要だな、と。みんな、細かいことで悩んでいるのですよね。例えば、接客中に他のお客様に声をかけられたらどちらを優先するか、とか、自分はお客様に喜んでもらうためにこうしたいけど、店長は違う意見なので、どうすればいいのか、など。

 

直接聞かれれば、答えることができますが、社員が一人で悩まずに解決できる指針が必要だな、と。それには「家族でつくるいい一日」と言い続けるのが、一番わかりやすいと思っています。「こういう場合はこうしましょう、ああいう場合はああしましょう」ではキリがないので、やはり一つ理念があった方がいいですね。

古谷

その他に迷った時に判断基準となるクレド、行動指針のようなものを作っている会社も多いのですが、それは考えていないのですか?

柳瀬

一度、クレド的なものを作ろうという動きもあったのですが、自然消滅しちゃいました。まあ、あまり多いと自分も覚えきれないですし。

古谷

なるほど、先代社長はいろいろな理念とか発信されていましたが、柳瀬さんは、「家族でつくるいい一日」一本で行くのですね。

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【質問コーナー】後継社長は、会社の理念や創業精神をどこまで守るのか

質問❶

後継社長は自分がやりたいことと会社の理念が完全一致しているわけではないという話は、確かにそうだ、と思いました。私は、会社の理念や創業の精神に、自分自身の価値観や想いを寄せていかなければならない、という気持ちが強かったので、お話を聞いて、自分がやりたいことは何だろう、と考えさせられました。もともと、会社が持っていた価値観とか理念、創業精神みたいなものとご自身の価値観は、あくまで別物と捉えていらっしゃいますか?

柳瀬

いえ、重なっている部分もあって、もちろん「家族でつくるいい一日」という理念は、自分でもいいと思っています。もし全然違うと感じれば、それも変えているのではないかと。共感できる部分は残しますね。僕は、ホームセンターのことより、DXとか自分のやりたいことについて話すことが多くて、それを社員はどう思っているのか、心配だったのですが、意外と受け入れられています。メディアなどで取り上げられると、社員は嬉しいらしく、特に反発もないです。

 

仕事とは関係なくても熱意を持ってやっているとブランディングになるし、会社のキャラ付けにもなるので、好きなことを活かすのはいいことではないかと自分としては思っています。

質問❷

私は2代目社長で、経営を引き継いでから3年くらいになるのですが、先代から否定的なことをよく言われます。何かをやろうとすると「ムダだからやめろ」とか「そんなことをやるくらいなら、こっちをやれ」とか。

柳瀬

上司が父親って辛いですよね。自分が逆の立場でも、息子がいろいろとやり始めたら何か言いたくなると思います、半分は良かれと思って。ただ、揉めると周りが困りますよね。僕ら二人の意見が相違すると、周りの社員たちが迷惑するので、最初はずっと毎日父と二人でランチをして、そこで擦り合わせをしていました。

質問❸

弊社も電気屋で小売もしていて、特殊なパーツを買いに来るお客さんには「嘉穂無線さんにはありますよ」なんてお客様に紹介していました。私も3代目なのですが、先代が早く亡くなったので、20代で事業継承しました。自分の商売にあまりこだわりがなくて、いつ野菜屋になっても肉屋になってもいいよ、という感覚ですね。商社的な立ち位置なので、そういう意味でこだわりがないのかな、と、会社に対して愛着がないわけではありませんが。グッデイは電気屋からホームセンターに切り替えたわけですよね?

柳瀬

はい、父のやったことの中で一番大きい仕事だと思っています。よく本業を捨てたな、と。でも、電気屋を続けていたら、生き残れていなかっただろうし、本業にそこまでこだわらなくていいのだと思いました。それに、先代が本業から業態転換したおかげで、僕はそれを逆手に取って、弊社は代替わりしたら新しいことをやる会社だ、と話しています。

 

自分の代に対しては責任が取れますが、子どもには、好きなことをやってほしいですね。自分は継承して良かったと思いますが、子どもたちがどう考えるかは分かりません。経営者に向く性格やセンスというものもあるし、何が正しいかは、わからないですよね。

質問❹

今後は、メイン事業のホームセンターの店舗数を増やしたりして伸ばしていくことと、新規事業のどちらに力を入れていかれるのですか?

柳瀬

答えるのが難しいのですが、まず、全部をちゃんと事業としてやらなければいけない、というのがありますね。新規事業であるカホエンタープライズは毎年30%くらいずつ売上が増えているので、このまま伸ばしていきたい。ただ、今のままで安泰というわけではないし、ホームセンターも新しいことをやっていくべきだと思っています。

 

メイン事業のホームセンターも単体として収益あげることが大事です。僕は3代目なので事業を客観的に見ているところもあり、「家業だから守らなきゃ」ではなく、客観的に見て市場価値がある企業にしたい。社長の仕事は自社の企業価値を上げることだと思います。

 

ホームセンター業界は飽和状態と言われていますが、これからもやれることはきっとたくさんあるので、ホームセンター事業についてもまだまだ伸びるという感覚も持っています。

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株式会社グッデイ 

柳瀬隆志さん

1976年生まれ。
東京大学経済学部卒業後、2000年三井物産入社。
2008年ホームセンター「グッデイ」を運営している家業である嘉穂無線ホールディングス株式会社入社。
営業本部長・副社長を経て2016年6月、嘉穂無線ホールディングス株式会社、及び株式会社グッデイ代表取締役社長就任。
2017年4月、クラウド活用やデータ分析事業の株式会社カホエンタープライズ代表取締役社長就任。
2022年2月「なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか」を出版
2022年6月、第1回日本DX大賞「大規模法人部門」にて大賞を受賞する等、DXに関する幅広い取り組みも行っている。

会社情報

社名
株式会社グッデイ
代表者
代表取締役社長 柳瀬隆志さん
本社所在地
〒810-0802 福岡県福岡市博多区中洲中島町2番3号 福岡フジランドビル10階
従業員数
1,500名(うち正社員600名)
創業
1949年2月
設立
1950年2月
資本金
5,000万円
事業内容
ホームセンター・グッデイの経営
【取扱商品】
日曜大工用品、植物、園芸、ペット用品、インテリア、エクステリア、家庭電化製品、カー用品、事務・文具用品など
会社サイト
https://gooday.co.jp/
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