INTERVIEW

ピンチ時に逃げたくなるのが経営者。 コロナで売上1/10からの劇的復活

ピンチ時に逃げたくなるのが経営者。
コロナで売上1/10からの劇的復活

コロナで大打撃を受けたホテル業界ーー売上高が10分の1に激減し、「現金残高60億円、無借金、純資産60%」の超優良企業から、月のキャッシュフローがマイナス6億円という危機的状況に一瞬で陥ってしまった株式会社カンデオ・ホスピタリティ・マネジメント。

未曾有のピンチの中で業界最速で業績を回復させ、コロナ前の3割増しの売上を達成、過去最高益を生み出せてた理由を、代表取締役の穂積輝明さんに聞きました。

(聞き手:企業理念ラボ代表:古谷繁明、写真右)

お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。

この記事の目次

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「現金残高60億円、無借金、純資産60%」でも一瞬で大ピンチに

古谷

ホテル業界といえば、外食産業と並んでコロナで大打撃を受けた業界の代表格ですが、やはり穂積さんの会社も大ピンチに直面されたそうですね?

穂積

本当にあんな目に遭うのは二度と御免というほど、厳しかったですね。当社は、コロナ前の年商が142億円、月商が平均12億円、月のキャッシュフローが+2億円という状況だったのですが、これが一瞬でひっくり返りました。日本では2020年2月にコロナの流行が始まり、2か月後の2020年4月には、月商が1億5700万円まで一気にダウン。直前の約10分の1ですね。月のキャッシュフローもマイナス6億円という状況に陥りました。こんなに急激に数字が落ちるということは、2005年の創業以来初めてでした。

 

私はもともととても慎重な性格で、平時から「ダム式経営」に取り組んでいました。つまり何らかのピンチで売上高が3割減る年が3年続いても、全従業員を守れるだけの内部留保を計算し、貯めるようにしていたのです。そしてそれをきっちり貯め終えたのが2019年の5月。現金残高が60億円ありましたから、「これで大丈夫だろう」と思っていたんです。しかも無借金で純資産60%。ところが、コロナ禍に突入した瞬間、1か月で6億円が消え、このままいけばわずか10か月の命というピンチに見舞われました。経営者として本当に痺れる状況です。

 

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恐怖で何も手がつかない2週間を乗り越えた末の決断

穂積

コロナ禍が始まって最初の2週間くらいはもう恐怖で何も手につかないという感じでした。「10か月の時間との闘いか…」そう思うと、恐怖で心がいっぱいになってしまって、精神的にかなり追い込まれました。

 

でも、なんとか気持ちを保って、自分に対してこう問いかけたんです。「おまえは何のためにこの会社を経営しているんだ?」と。とても苦しい状況の中で原点に立ち帰ろうとしたわけです。やっぱり危機的状況に追い込まれると、どうしても心がフラフラしちゃうんですね。逃げ出してしまいたくなったりもします。弱音を吐いても仕方ないんですけど、なかなか前向きなパワーが自分の中から湧いてこない。

 

仕方がないので、海で波を数えながら自問自答していました。波の数を1000数え終えるまでに自分の中で答えを出すと決めて。側から見たら、暗い深刻な顔をして海を見つめているヤバいおっちゃんだったと思います。

 

結局、波を数えている間には答えは出ず、2週間後にやっと「従業員のために経営しているんだ」「カンデオは従業員のための会社なんだ」という原点に帰る決意ができました。その頃、同業他社ではどんどんリストラが始まっていました。アルバイトを全員解雇とか、契約社員も半分解雇とか、正社員は残すけど給料半分とか、そういうニュースばかりが耳に入ってきました。従業員の間でも他社の噂は流れますから、当然「カンデオはどうなの?」とみんな不安になります。

 

腹を括り、「誰も解雇しない。アルバイト、契約社員、正社員、誰一人解雇せずにこの危機を乗り切ろう」と全社メールを送ったのが、2020年4月27日。社長である私からのメールを見て、従業員一人一人の中に「雇用は守られるんだ」という安心感が生まれ、「カンデオを守ることは自分を守ること」と目の前の状況が自分ごと化されたのだと思います。社内の雰囲気が一気に変わったのを覚えています。

 

とはいえ、当時は1営業日あたり2000万円溶けてますから、「全員の雇用を守る」と宣言したものの何の根拠もありませんでした。その中であえて全社メールを送ったのは、経営者である自分を追い込むためでした。「言ったよね、おまえ」って。じゃあ、やるしかない、となりますから。

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一通のメールで全社が結束、超高速PDCAで「勝ち筋」を見つける

古谷

誰のクビも切らない」と宣言してからまず何に取り組みましたか?

穂積

まず考えたのは、月のキャッシュフローをちょっとでも改善すること。月マイナス6億円だと10か月の命ですが、これを月マイナス3億円にしたら20か月の命に延びます復活のための売上計画も新たに1年分立てました。その見通しのアップサイド(楽観的予測)とダウンサイド(悲観的予測)も作り、この間に入れたら「勝ち」という予測をかなり精緻に立てました。さらに、それを毎週見直しては予測を更新していきました。

 

具体的な施策としては、無数のプランを考えては打ち続けましたね。売上も顧客も10分の1になってしまいましたが、それでも来てくださる方はいる。例えば、エッセンシャルワーカーの方々。コロナ前は3往復して3泊してくださっていたのが、1往復で5泊するというふうに利用の仕方を変えながら、継続的に宿泊してくださっていました。移動が減った分連泊が増えたわけです。これを捉えたプランが「連泊割」です。

 

さらにデータに基づいて「連泊割」にも工夫を凝らしました。例えば、コロナ前は金土や日月の連泊は少数派でしたが、コロナでテレワークが定着し始めると、金土や日月の連泊が増えてきました。これは過去になかった動きで、最初はいったい何が起きているのかと首を傾げたものです。また同じ「連泊割」でも、火水木と水木金で出すのでは売上が変わってくることも発見。どの月のどの週のどの曜日で「連泊割」を出すか、さまざまな検証を重ね一番効果的なプランを練り上げました。

 

もう一つ効果的だったのは「テレワークプラン」。ホテルは通常オーバーナイト(宿泊前提)で売るものですが、日中18時くらいまでのテレワーク用デイユースの需要も捉えました。急に会社からテレワークをしろと言われても自宅に場所がない方のためのプランですね。

 

そんなふうにコロナ禍中は、需要が常にコロコロ変わっていきました。なので、週次でプランを作り替えては出しての繰り返しでした。当たれば伸ばす、外れたら引くというのをとにかくずっとやる。PDCAを超高速で回すことそのものが、最大の売上復活要因だったと思います。

 

ただ、口で言うのは簡単ですが、「毎週プランを変えて出す」ってめちゃくちゃ大変なんです。現場のオペレーションがに変わってしまうので。平時は慣らしてから商品をリリースしますが、コロナ禍中はいきなり「今日からね」という感じですから、普通ならついてこられない。その上、全国旅行支援の事務作業なども膨大で現場に負荷がかかり続けていました。

 

でも、後から詳しく説明するように「みんなのため」というフィロソフィーが普段から全従業員の間に共有されていたので、遂行率がとにかく速くて高かった。そのおかげで、2020年11月には単月黒字に戻すことができました。この回復スピードはおそらく業界最速だと思います。これで「やっと血が止まったよ…」と胸を撫で下ろしました。3年かかるんじゃないかと覚悟していましたが、本当に早かったですね。

 

実際には、見切って会社を離れていく従業員もいました。減給もリストラも一切しませんでしたが、やはり2年間は賞与(ボーナス)が出せなくなったり、昇給ができなくなったりしたので。それぞれに生活がありますから、それは仕方ないと思います。でも、離職は24か月で全体の1割に止まり、9割は残ってくれました。その残った仲間で一緒に嵐を乗り越え、今がある。かえって結束力は上がったと思います。もう戦友みたいなものですね。

 

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逃げ出したいほど苦しい時、「フィロソフィー」に守られた

古谷

誰もクビにしない」と宣言してからのスピードが素晴らしいですね。

穂積

そうですね。「仲間を全員守る」と宣言したことで、経営者として自分の精神もブレなくなりました。それが危機を乗り越える上でとても大きかったですね。それにしても、18年間経営していてあんなに苦しいことはなかったです。もう一回は絶対にイヤですね(笑)。

 

追い込まれた時、経営トップの振る舞いにもいろいろあります。隠れる、とか。自分だけ金を掴んで逃げる、とか。やっぱりそういう時ほど、経営者としての「胆力」が試されますよね。本当に鍛えられました。こうしてコロナ禍を乗り越え、「もう、滅多なことではブレない」と自信がつきました。自分がブレなければ、ちゃんと仲間もついてきてくれる、という実績もできましたし。

古谷

ホテル業界も、各社の対応はさまざまでしたよね。

穂積

はい。各社厳しい状況で経営判断を下していました。例えば、ヒルトンは2020年3月にグローバルで非正規雇用を全員解雇すると発表しました。それも一つの判断です。しんどい時の判断は、みんなしんどい。それは社風や企業文化ごとに苦しい中での意思決定があります。それは私がどうこう言える立場にありません。ただ、コロナが始まった頃「従業員を切らない」と言っていた大手ホテルチェーンが3社あり、3社とも業績回復が非常に速かった。結果論に過ぎませんが、経営者として考えさせられるファクトだと思います。

 

業界的には、2020年5月までは落ちて、6月から全国割などで少し客足が戻り始めました。当社は「誰もクビにしない」と宣言した4月の時点が「底」で、5月からは売上が上向いていました。なんというか、「言霊(ことだま)」の力ですよね。みんなで共有している「理念」が、人の行動を変え、結果を変える。社長の自分が限界まで追い込まれて死にそうになっている時、会社も自分も「みんなのため」というフィロソフィーに守られているな、と痛感しました。

 

今はコロナ前の業績を超えて過去最高を記録しています。一部屋あたりの売上に関してコロナ前の業績を超えたのが2022年9月。2023年5月現在、比較可能な既存店舗で比較するとコロナ前の3割増しくらいまで伸びています。本当にありがたいことです。

 

インバウンドも2023年の年明けから戻り始めました。3年間日本に来れなかった人たちが一気に押し寄せていますね。六本木の店舗は9割、新橋は8割が外国人です。ただ、どこか「バブル感」があるので、これは慎重に見ないといけないな、と思っています。

 

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MBOでオーナー社長になって定めた41か条

古谷

未曾有のピンチの中で、穂積さんと会社を守ってくれた「フィロソフィー」について詳しく教えてください。「仲間を大切にする」という考え方はコロナ前からもともと御社の中にあったのですか?

穂積

もともと当社には「学歴や職歴、性別や国籍といった後から変えられないもので、人を区別したり差別したりしない」「常に仲間のために働く」という考え方があります。高収益を目指して数字を追求するのも、高収益こそが仲間を守る最大の砦だと考えているからです。それはコロナに関係なくずっと言い続けてきたことでもあります。なぜ、カンデオがここまで利益を追求するのか。その目的は従業員の間でちゃんと共有されていたと思います。

 

そういう企業文化がベースにあり、いつも口に出していたことが、コロナ禍によるピンチで「ほんまなん?口だけちゃうん?」と試されたわけです。

 

当社には、ミッションとバリューからなる「企業理念」と、道徳観や倫理観をまとめた「フィロソフィー」があります。2005年の創業期に「企業理念」を、2012年のMBO(マネジメントバイアウト)時に「フィロソフィー」をそれぞれ定めました。

 

 

 

 

特に今日のお話で重要なのは「フィロソフィー」。これはMBOでサラリーマン社長からオーナー社長になり、出資元もなく自分たちだけでやっていかなければならなくなった時点で、改めて「何を大切にするか?」の原点を明文化したものです。全部で41か条あるのですが、創業期より毎週月曜日に開いている朝会で私が従業員に伝えていたメッセージから選んでまとめました。

 

社長の言うことを聞くのではなく、「フィロソフィー」という自分の頭の中にあるものに従って行動するこれが、当社の基本です。「フィロソフィー」に書かれていることであれば、当然、社長である私も行動制限を受けます。例えば「公私のけじめは大切にする」という項目があるのですが、これもオーナー社長だって例外ではありません。一度全社メールで「全員の雇用を守る」と発信したら、人の道に照らして考えれば、その約束は絶対に守らなければいけないことになります。そんなふうにして、私自身、経営者としてよい方向に誘導されていくわけです。

 

「フィロソフィー」に関して、注意しなくていけないのは「常に自分のために使う」ということです。「フィロソフィー」に書かれていることはどれも正論なので、それをもって相手を詰めようとすると刃(やいば)になってしまいますですから、他者ができている/できていないと指摘するためではなく、自分に問いかけるために用いてください、と伝えています。

 

一人ひとりが、たとえ不勉強であっても、心の中には道徳観や倫理観は必ずあります。「フィロソフィー」を通して「人として何が正しいか?」と問いさえすれば、どんな人でも答えは出せるんです。だから、常に自分のために使ってほしい。

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フィロソフィーを組織の隅々に定着させるためにやっていること

古谷

組織の中で「フィロソフィー」をどのように浸透させていったのですか?

穂積

これはおもしろくて、「実践体験発表」というのを全員やるんです。41か条の中から好きな「フィロソフィー」を1つ選んで、それを実践した結果を文章にまとめて発表するというものです。新橋の本社オフィスでは毎週月曜日に1-2人ずつやっています。

 

例えば、「常に明るく前向きに」というフィロソフィーを選んだ人なら、すごく落ち込んだ時にふてくされてやろうかと思ったけど、形だけでも明るくふるまおうとニコニコするよう心がけてみた。すると、店舗の雰囲気が変わり始め、気づくと自分もチームの好循環の中にいた。そういう話ですね。

 

仕事の話でもプライベートの話でも何でもOK。「1200字±50字」の字数制限を設けていますが、これがミソで、制限内に収めようとすると必ず読み返して推敲しないといけないんです。結果、誰でもよく考えて、内容に過不足のないいい文章が書けるようになります。実はこの1200文字という字数は、私が創業以来、毎週月曜日の朝会のために従業員に向けて書いているメッセージと同じ分量なんです。A4一枚きっちり書くと、だいたいそれくらい。

 

実際、みんな、本当にいい原稿を書くんですよ。感動モノの原稿がたくさんある。ホテルはシフト制で勤務時間が重なる部分が限られているので、シフトが被っていないと同僚のことを案外知らなかったりするんです。なので「実践体験発表会」はお互いの理解にもなりますし、何にこだわって生きている人なのかもよく見えてくる。ちなみに、発表に対するコメントは、必ず前向きなことを言うというルールになっています。

古谷

他にも何か取り組まれていることはありますか?

穂積

あとは掃除! 毎週朝会が終わったあとは、みんなで地元の掃除をします。ゴミを拾う人の中にゴミを捨てる人はいないでしょう。それにゴミを拾うことは心の浄化にもなります。

 

街を歩いていると、毎日ある店のまわりだけはゴミが一つもなく打ち水がされていることに気づいたりしますよね。街のために誰かが力を貸していることは、見る人に伝わります。「仲間のために」と「街のために」は、結局は同じこと。どちらも「利他」です。ですから、掃除も私たちが大事にしている「人として正しくある」という姿勢を体現する一つの方法なのです。

 

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株式会社カンデオ・ホスピタリティ・マネジメント 

穂積 輝明さん

1972年京都府生まれ。京都大学大学院工学研究科を修了後、株式会社スペースデザインに入社。建物の開発から運営まで、直営で行う業務に携わる。その後2003年に株式会社クリードへ入社。2005年には同社内で出資を受け、新規事業として株式会社カンデオ・ホスピタリティ・マネジメントを立ち上げ、代表取締役社長に就任。2012年、MBOによりオーナー経営者として独立。

会社情報

社名
株式会社カンデオ・ホスピタリティ・マネジメント
代表者
代表取締役 穂積 輝明
本社所在地
東京都港区新橋4丁目5番1号 アーバン新橋ビル7階
従業員数
394人(2023年5月時点)
創業
2005年
事業内容
ホテル開発業務: ホテルの開発、商品企画、設計管理及び施工管理/ホテル運営業務: ホテルの運営及び経営の効率化/ホテルコンサルティング業務: ホテル開発・運営に関する総合的なコンサルティング
会社サイト
https://www.candeohotels.com
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