INTERVIEW

真摯な社是を掲げて危機を乗り越え
兄弟の舵取りで会社をアップデート

興味のあるトピックが一つでもあれば、この記事がお役に立てるかもしれません。

  • 事業転換で時代の波に乗り、危機に際して社是を策定
  • 音楽のプロを目指した兄と大手に就職した弟、共に家業へ
  • 創業50周年に経営陣4人で理念を刷新し、浸透にも尽力
  • 「間仕切り」から「間づくりカンパニー」にアップデート
  • 兄弟の「2T会」でベクトルを合わせ、間づくりを広める

1961年に石川県小松市で創業したコマニー株式会社は、パーティション(間仕切り)業界のリーディングカンパニーです。オフィスや工場、学校、病院などで使われる間仕切りの設計から施工まで担い、近年は「間づくりカンパニー」というコンセプトを掲示。経営理念と浸透を大切にしながら、関わる全ての人が幸福になる経営姿勢を貫いています。兄弟で会社をリードする3代目社長の塚本健太さん(写真右)と専務の塚本直之さん(写真左)に、会社の沿革から理念を作った背景、兄弟で会社を舵取りするコツまで、幅広く伺いました。

(聞き手:企業理念ラボ代表 古谷繁明)

事業転換で時代の波に乗り、危機に際して社是を策定

―まずは会社の創業からの簡単な歴史を教えてください。

 

社長:弊社は1961年に石川県小松市で「小松キャビネット」として創業しました。当初は事務用のキャビネットの販路があり、そこに納めるキャビネットを製造しようと始めた会社です。創業者である私の祖父は、体が弱かったために徴兵されず、もともと経理の仕事をしていました。まわりの経営者が出資して会社を立ち上げ、祖父が代表として経営を任されたそうです。

 

しかし、いざキャビネットを製造して持って行くと「高くて買えない」と言われてしまい、自社で販売することに。しかも、完成品のキャビネットはかさばるのに中身が空気で、トラックで運ぶと輸送効率が悪い。そこでパーティション、つまり間仕切り事業に転換し、1970年に「小松パーティション」へと社名を変更しました。

 

 

―効率よく運べるパーティション事業に転換されたのですか。

 

社長:戦後の日本はどんどんビルが建つけれど、壁や内装の施工が追いつかない。代わりにパーティションが役立つということで、間仕切り事業に参入したという背景もあります。全国に販路を広げ、1980年には間仕切り業界で売上トップを達成しました。

 

―時代の波にうまく乗られたのですね。

 

社長:ところが、事業が軌道に乗りそうになったところで、優秀な社員が次々と辞める事件が発生しました。近くに同業の会社ができるということで、うちより高い給与を提示された社員がたくさん引き抜かれたのです。大変な悔しさと危機感を抱いた祖父は、会社には本質的な魅力が必要だと気づいたとのこと。そして、今も掲げている5つの社是「我等の精神は人道と友愛である」「我等の生活は共存共栄の中に成り立つべきである」「我等の使命は社会に貢献すべきである」「我等は知識を高め技術を磨き絶えず前進すべきである」「我等は余暇を楽しみより豊かで幸福な人生を送るべきである」を作ったそうです。

 

専務:祖父の手記には、当時の思いとして「人の気持ちに寄り添いたい」とつづられていました。日本の経済が右肩上がりに成長し、みんな必死に働き、労使の対立が激しい時代において、この5番目の「余暇を楽しみより豊かで幸せな人生を」というのは驚きますよね。今でこそウェルビーイングが広まってきていますが、1960年代後半にはかなり先進的だったと思います。

 

―会社の本質的な魅力を打ち出すために、社是を考えられたのですね。1988年にお父様に社長を交代されたのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。

 

社長:弊社は1989年に名古屋証券取引所に上場しました。その際、全国を回って投資家に説明する必要があったのですが、祖父は体が弱かったので息子に譲ろうということで、急ピッチで交代しました。父が社長、叔父が副社長という体制が30年ほど続きました。

音楽のプロを目指した兄と大手に就職した弟、共に家業へ

―社長と専務が入社された経緯を聞かせてください。社長は子どもの頃から後継ぎになると思われていましたか?

 

社長:実は保育園の頃から後継ぎを意識して、自分の夢なんてみない方がいいと思いながら育ちました。ところが、東京の大学に進学すると夢を追う人がたくさんいて、私はサックスがうまいとチヤホヤされ、プロを目指そうと音楽の専門学校へ。しかしプロの道は厳しく、精神的にドン底まで落ちて…。そんな中、たまたま父からもらっていた稲盛和夫さんの著書「生き方」を読み、いたく感銘を受けました。それで稲盛さんの盛和塾に通っていた父にお願いして、つてをたどり、京セラコミュニケーションシステムに入社できました。

 

―恵まれていましたね。

 

社長:東京で朝から晩まで働きづめの日々を送り、最後は本社の管理部門で学ばせてもらいました。

 

―そんなお兄さまと共に、専務はどんな気持ちで過ごしてきたのでしょう。

 

専務:子どもの頃から好きにしたらいいと言われてきましたが、優秀でいなければならないという思いがすごく強かったですね。兄の影響で私も楽器を始めて、大学時代は同じバンドで活動したことも。卒業後は自分の実力を試したいと思い、大手電子機器メーカーに就職しました。

 

 

―家業に入られたのはどんな転機があったのですか?

 

専務:父は仕事でほとんど家にいなかったのですが、たまに一緒にご飯を食べると、仕事は面白いという話ばかりしていて、仕事は一生懸命楽しんでやるものだと思っていました。しかし、私が働き始めると、一生懸命にも楽しそうにも働いていない人が結構いることに驚きました。そんな自分も、いい成績を収めてもイライラしがちで、もっと頑張らねばとしんどくなって…。いい会社でしたが、どうせ頑張るなら、祖父が創業し父が大きくしようとしている会社で生き生きと働きたいと思い、25歳で弊社に入社しました。父から「うちに入ればトヨタに出向して学ぶ機会がある」と言われたことも後押しになりました。

創業50周年に経営陣4人で理念を刷新し、浸透にも尽力

―入社されて、どんなことを感じましたか?

 

社長:私は京セラのグループ会社で、京セラフィロソフィーという有名な理念に基づいて働いていました。父は盛和塾で学んでいたので、弊社も同じような環境と予想して帰ってきたのですが、実際にはかなり違和感を持ちました。京セラのコンサルで導入された理念手帳に120の実践項目があり、全社員で毎朝1項目ずつ読んで理念を深める時間があったのですが、この考え方ではダメなのではないかと思って…。1年かけて改善点をメモしてまとめ、父に変えた方がいいと提案しました。ちょうどその頃に弟が出向から戻ってきて、父と叔父と弟と私の4人で理念手帳の刷新プロジェクトをスタートしました。

 

―お父様がきちんと聞き入れられたのが素晴らしいですね。

 

社長:実は、父に話すと「自分も変えたいところがいっぱいある」と手帳にメモしてあったんです。そこで、2年後に迎える50周年に向けて理念を刷新することを決断。「この項目はいらない」「ここは京セラのマネをしよう」「これはコマニー独自の表現にした方がいい」など話し合いながら、2年かけてレベルアップしました。

 

 

―一般の社員が関わる機会はありましたか。

 

社長:それはありません。というのも、稲盛さんから「経営理念は、経営者が頭から汗を吹き出しながら魂を込めて書き上げるもの」と教えられていたからです。もともとの理念手帳は、社員の声をたくさん集めた理念集でした。もっと高次元で目指すべき企業のビジョンやミッションを果たすための言葉を紡ぎ出さなければと考えて、経営陣4人だけで作成しました。

 

―その後、どのように浸透させていったのでしょうか。

 

専務:それまでは朝礼で理念手帳を読み上げ、リーダーが感想を言っていたのですが、正直なところぼんやりと聞いているだけの社員もいたと思います。心血を注いで作った理念をどうやって浸透させていくか考えていたところ、神戸の素晴らしい経営者から、HPCシステムを導入したことで会社が劇的に変わったと聞き、弊社も導入しました。社内でHPCトレーナーというファシリテーターを育成し、対話を通じて理念浸透を図っています。例えば「信頼関係を築く」という項目では4人1チームになり、BGMをかけてお菓子を食べながら、それぞれの生い立ちや価値観を共有する場を設けました。そうやって、自然に理念が浸透していく文化を大事にしています。

 

―50周年で刷新されたものを今も使われているのでしょうか?

 

社長:60周年で一部、変えました。50周年の刷新では、会社が存在する目的として「全従業員の物心両面の幸せを追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する」を明確に打ち出しました。これは京セラと同じで、会社は社員のために存在し、仲間で物心両面の幸せを追求し、それぞれの強みを発揮し合うことで社会に貢献していこうと掲げました。同時に、社是は創業時の5つから1つ目だけに絞りました。2つ目以降は「べきである」と目指すあり方を示しているのですが、1つ目は「である」、つまり我々はこうだと強烈な強さを放っていて別格だなと。しかし、60周年には残り4つを復活させて5つに戻しました。

 

 

―なぜ創業時の5つに戻されたのですか?

 

社長:世の中が社会貢献やウェルビーイングを志向するようになり、今の時代にこそ必要な5つがそろっていると感じたからです。

「間仕切り」から「間づくりカンパニー」にアップデート

―御社は「間仕切り」から「間づくりカンパニー」にアップデートされたとのこと。背景を教えてください。

 

社長:「間仕切り」は、世間一般には「空間を仕切る壁」のことです。なぜ間仕切りを買ってくださるのかというと、例えばミーティングで生まれるアウトプット、工場ならプロダクトなど、実はその中で人が生み出す価値のために仕切りが必要とされているわけです。つまり、我々の事業は間を仕切るのではなく、間をつくっているのではないかと気づいたのです。

 

 

―どうやって気づいたのですか?

 

社長:2018年に社内のワークショップで、あえて会社のネガティブを出して、反対にあるポジティブから会社の方向性を考えようという企画をしました。そこで「間仕切り」というより「間づくり」じゃないかという言葉がポロっと出てきて、間づくりカンパニーというコンセプトが生まれました。

兄弟の「2T会」でベクトルを合わせ、間づくりを広める

 

―おふたりの会社での役割をお聞かせください。

 

社長:私は代表で、会社全般の最終的な判断をしています。

 

専務:私は経営企画の部門を長く見ていて、そのときどきの重点事項を担当しています。兄が社長になる前は営業、私が企画や製造を見ていて、それぞれ役割分担をしたこともあるのですが、それではうまくいかなかったですね。

 

―そうですか。

 

専務:ふたりで価値観が一致しない時期には、会議で結構バチバチやってしまったこともあって…。それで、役割分担して効率を上げるより、同じ問題をそれぞれで見て議論するほうが価値を上げられると感じ、分担するスタイルはやめました。

 

社長:やはり営業と製造の組織の長という立場になると、それぞれ自分の組織の利益を守ろうとしますから。だけど、もう一段上のレイヤーにふたりで立てば、社員やお客様や世の中のためにと考えられる。その上で、自分はここをするから、あなたはこっちをやってという方がいいと思っています。

 

―兄弟や親子に限らず、行き詰まったら同じ目線に立つというのは大きなヒントになりそうです。

 

社長:ふたりでベクトルを合わせる時間を意識的に取っています。毎週月曜の夕方2時間は、ふたりだけで話す時間と決めて、お互いに会社の課題や気になっていること、悩みなどをシェアして分かち合っています。

 

専務:もちろん意思合わせをしたい議題を持ち込みますが、その後にプライベートの何でもない話をしているときにベクトルが合っていく感覚があります。

 

 

―社長・専務会議があるのですね。

 

社長:2人の塚本なので2T会と名付けています。ちなみに父と叔父を入れてやるときは4人の塚本なので4T会で、これは毎月3時間やっています。

 

専務:50周年の理念を一緒に作り始めたときから絶やさず、15年以上続けています。

 

―最後に、今後の展望を教えてください。

 

社長:間づくりをもっと広げていきたいです。間づくりというコンセプトができたとき、間というのは2つ以上ある事柄の関係性のことと定義しました。世の中の問題は、人と人、人と物事や事柄などの間が悪いことで起こるわけです。間がつく言葉として、例えば間違い、間抜け、間が合わないなどがありますが、間を直せばいい。つまり、間づくりをしていけば世の中の問題は解決し、困っている人たちを幸せにできると行き着きました。間づくりを通して、世の中に貢献していきたいです。

 

―事業や理念からおふたりの役割や信頼関係まで、興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

 

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コマニー株式会社 

塚本 健太さん (写真右)

1978年、石川県生まれ。2006年京セラコミュニケーションシステムに入社。2009年コマニーに入社し、営業統括本部長などを経て、2019年から代表取締役社長を務める。

コマニー株式会社 

塚本 直之さん (写真左)

1981年、石川県生まれ。2004年スタンレー電気に入社。2007年コマニーに入社し、トヨタ自動車に出向。2010年コマニーに戻り、経営企画本部長などを経て、2024年から専務執行役員を務める。

会社情報

社名
コマニー株式会社
代表者
代表取締役社長 塚本 健太さん
本社所在地
石川県小松市工業団地一丁目93番地
従業員数
連結1,236名、単体1,173名(2024年12月31日現在)
創業
1961年
事業内容
建築工事業、内装仕上工事業、建具工事業
会社サイト
https://www.comany.co.jp/
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