大阪・関西万博プロデューサーが明かす
プロジェクトを成功へ導くコツと舞台裏
「企業理念Times」を運営するエンカレッジ株式会社の「企業理念ラボ」では、経営者が学び合う招待制のサロンを東京や福岡などで開催しています。
その特別編として、2025年9月24日に大阪・関西万博を訪れ、「いのちの遊び場 クラゲ館」を手掛けたテーマ事業プロデューサーの中島さち子さんにパビリオンをご案内いただきました。その後、中島さんに個別インタビューを実施。万博という一大プロジェクトの動かし方や舞台裏、ご自身の理念まで伺いました。
お時間のない方は下記から興味のあるトピックを選んで読んでいただくこともできます。
この記事の目次
STEAM教育者など多彩な顔を持ち、留学と仕事も両立
古谷
まずは中島さんのプロフィールを教えてください。
中島

私にはさまざまな顔があります。音楽家で、数学研究を続けていて、STEAM教育者です。STEAMはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の頭文字をつなげた言葉で、これらが融合した学び方が世界中で注目されています。私は2017年に株式会社steAmを立ち上げた経営者で、プライベートでは19歳の娘がいる母という顔もあります。
古谷
大学院でも学ばれていましたね。
中島
はい、起業と並行してフルブライトに申し込み、2018年から20年はニューヨーク大学の大学院でアートとテクノロジーが交わるメディアアートを学びました。留学か事業か迷いましたが、結果的に両方やろうと決断。娘と渡米して、日本の仕事もしながら、非常に面白い学びと経験を得ることができました。
古谷
2020年7月、大阪・関西万博のプロデューサー10人(テーマ事業プロデューサー8人、会場デザインプロデューサー1名、会場運営プロデューサー1名)の就任が正式に発表されました。では、ニューヨークにいるときに打診されたのでしょうか。
中島
2020年6月に帰国して、7月に発表されました。実は前年から万博へのアドバイスを求められることがあり、オンラインで会議に参加していました。そして、最終的にはプロデューサーにお声がけいただきました。

言葉にこだわりながら、ゼロイチで一つひとつ進めた
古谷
大阪・関西万博の全体テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、テーマ事業プロデューサー8人が各自のテーマに沿った活動を展開されています。
中島
8人それぞれにテーマがあり、「いのちを○○」というキーワードを掲げました。私は遊びや学び、芸術、スポーツを通して、「いのちを高める」ような共創の場、ワクワクする場を作ることを目指しました。
古谷
キーワードはどのように決められたのでしょうか。
中島
万博協会の方などとディスカッションしながら決めました。最初はざっくり「教育」という大きなテーマがあり、私は教育というより遊びと学びみたいなイメージで、結果的に「いのちを高める / Invigorating Lives」になりました。英語にもこだわって何案もやり取りして、日本人にはちょっと難しいかもしれませんが、Invigorating には「元気や活力を与える」というような意味があり、エネルギーを注入するようなニュアンスを込めました。
古谷
言葉にこだわっていらっしゃるのですね。
中島
例えば、地球規模の課題をテーマごとに深掘りする国際会議週間「テーマウィーク」が期間中にあります。国が発信する内容はいいのですが、「脱炭素」などお堅い言葉になりがちで、人の心はなかなか動きにくいですよね…。
2021年のドバイ万博のとき、テーマウィークの英語が考え抜かれていて、すごくきれいだったんです。ただ“ダイバーシティ”というだけでなくて“インクルーシブ”の要素を入れていたり、学びにも楽しげな言葉が入っていたりと、短い言葉にも思想が表れていて。それで今回、特にプロデューサーの宮田裕章さんと石黒浩さんと私は(会場運営プロデューサーの石川勝さんと共に)、日本語と英訳にこだわり、言葉選びやなぜそうすべきかまで深く話し合いました。

古谷
8人のプロデューサーで議論して、いろいろなことを決めていったのですか。
中島
5年間で30数回プロデューサー会議があり、とにかくまとまらない8人で(笑)。8者8様だから面白い、多様でいこうということが唯一まとまった感じでしょうか。宮田さんの「いのちを響き合わせる」とは「いのちを高める」と呼応したり、石黒館も隣で仕事を頼みあったり。河瀬さんも女性の先輩として、本当に多くの力を頂きました。いろんな山谷を一緒に乗り越えてきて、同士のような感覚があります。
古谷
最初に万博協会側から大枠やルールを提示される感じですか。
中島
そもそもルールがないことも多くて、ルールから考えていきました。例えば、万博終了後に建物をリユースする件は、日本では慣れてないので海外の事例を勉強しつつ、日本の法律に照らし合わせて動きを決めていく感じでした。
古谷
まさにゼロイチですね。
中島
本当にゼロイチが多いですね。いろいろなことが決まっていない2020年から、うちはどんどん動き始めました。プロデューサーに就任してすぐ建築家の小堀哲夫さんにお声がけして、パビリオンの名前「いのちの遊び場 クラゲ館」を決めたのも一番早かったと思います。
「創造性の民主化」を体現する建築家とタッグを組む
古谷
小堀さんに建築を依頼された経緯を聞かせてください。
中島
小堀さんの建築は、みんなでつくるのが特徴です。例えば、大学をつくるときは、先生も学生も近隣の住民も一緒に、これからの学びはどうあるべきかなどをテーマに何度もワークショップをして、途中途中で模型を作りながらやっていく。クラゲ館は「つくる喜びをすべての人に!」と掲げ、「創造性の民主化」をテーマにしているので、小堀さんしかいないと思ってお願いしました。
古谷
クラゲ館はリユースされるそうですね。
中島

プロデューサーに選ばれたときから、リユースを想定していました。というのも、万博で一番批判されるのは、大規模な建設と解体により、環境が大切と言いつつ悪影響を及ぼしているのではないかという点です。ヨーロッパでは何度かボイコットがあり、近年の万博では、リユースの取り組みがどんどん重要視されています。
クラゲ館ではリユースについてみんなで話をして、小堀さんが意欲的に動いてくださって、上の部分は移設、下の部分はプレハブ的にして素材を違う形で使えるようにしました。ただ、クラゲ館だけではダメだと思い、万博会場で使った施設や備品などをリユースするためのマッチング・プラットフォーム「ミャク市」を作ることにも大きく関わりました。
自ら理念を伝えることで、共感する仲間の輪が広がる
古谷
スポンサーはどうやって集められたのでしょうか。
中島

実は、ほとんどの資金を自分たちで集めました。1970年の大阪万博のテーマ館プロデューサーは岡本太郎さんひとりでしたが、今回8人にしたのは英断だと思います。その代わり、1館あたりの予算がかなり限られてしまい、お金集めに奔走しました。
東京オリパラやコロナの後、万博だからとすぐスポンサーになってくれるところはほぼなく…。私たちプロデューサーチームが理念を熱く語ることが重要だと考えました。私のところは「創造性の民主化」がベースにあり、加えてSTEAM教育、アートとテクノロジーや文系理系が融合するところに価値があると伝えると、いろいろな企業が自社も関われるのではないかと思ってくれました。
古谷
理念を伝えることに力を入れられたのですね。
中島
例えば、もともと万博に全く興味がなかったミズノさんは理念を聞いてやりたいと言ってくださって、日立ソリューションズさんも社長対談がきっかけで意気投合しました。万博は企業にとって、何かを作る場を社員に提供できる大きなチャンスだったんです。大企業でも中小企業でも、障害のある方も学校の先生も子どもたちも、みんなに場を渡すことに共感してもらうことでスポンサーが集まりました。スポンサーを集めることは、最初は正直かなりプレッシャーでしたが、音楽家が響き合うバンドメンバーを集める感じに近いと思うようになって、すごく気楽になりました。
古谷
そして、いろいろな人たちと議論して進めてこられたのですね。
中島
何度も粘って議論したことで、今までとは違うものができました。例えば、このユニフォームはみんな違うデザインで、ミズノさんのロゴが小さく、かつ色が白なのです。これは画期的なことで、よく認めていただいたと思います!

古谷
あ、本当ですね、ロゴに気付きませんでした。
中島
ロゴがドーンと大きく出るのは違うよね、小さいことが逆にミズノさんにとって本当のブランドになるよねという話からこうなりました。また、このユニフォームは長方形にただ穴を開けただけで破片が出ないし、ジェンダーレスで車椅子の方などいろいろな人が着やすいように、細部までこだわっています。
古谷
一つひとつ考え抜かれていて素晴らしい。
中島

この椅子もワークショップで、ものづくりの中小企業や市民や学生などみんなで作りました。いろいろな学校や入院中の子どもたちに関わってもらい、ガーナのスラム街の人たちとゴミを使って作ったアートもあります。私たちのプロジェクトは、最終的におそらく10万人くらいの人たちと一緒に作り上げることができました。これまでなかなか声を出せなかった人たちが声を出していくと、より面白く多様な社会になりますよね。それが万博のテーマである「いのち輝く未来社会」につながると信じています。皆さんのおかげで、このような場を実現することができました。
万博で得た知見やネットワークをより良い未来につなげる
古谷
中島さんの活動は、企業の経営者や社員にとっても多分にヒントがあると感じます。企業研修もされているのでしょうか。
中島
はい。私たちの会社 steAm は、教育が主な事業ですが、大人の教育ということで、企業の人材育成や研修の提供もさまざまな形で行っており、拡大フェーズに入っています。協賛企業であるDNPさんから「万博に関わって社員が自分の意見をいうようになり”共創力”が向上し、成長した」と言われたことも励みになっています。
これまでは勉強も仕事も、決められたマニュアルやルールの中で早く正確にできるようになることが教育の目的でした。ところが今は、みんなが自分で考えて決めて、実際に動いてみることがすごく大事になっています。企業理念を自分なりに解釈し直し、動くことが必要なのだと思います。これはSTEAM教育の根幹にある、自分の好きなものやワクワクすることを軸にして、「知る」と「つくる」を循環させることと相通じるものがあります。
もう一つ、私たちが企業研修の冒頭でよくやるのは、みんなで身体を動かし、音や音楽を通じて互いの気配を感じること。今はAIがものすごい勢いで出てきていますが、人間は言葉からだけでなく、雰囲気みたいなものを感じ取っています。音楽には「聴く」と「奏でる」のバランスがあり、音楽を通じてコミュニケーションを取る研修は、言葉だけではないものを感じ取るのに有効です。
古谷
最後に、今後の構想をお聞かせください。
中島
おかげさまで万博では約270万の方がクラゲ館に来て楽しんでくれました。そこで伝えたかったことや作り上げたプロセスを次につなげていきたい。いろいろな企業と話をシェアしながら、研修のような形で新しいことをやっていくつもりです。
日本の場合、受験で文系と理系に分かれてしまいますが、本当は両方とても面白く大事です。理系の人が社会や歴史を知れば、文系の人もAIや技術のことを理解できれば世界が広がります。みんながつながり合い、より良い未来を作るために試行錯誤できる、大人の遊び場みたいなものができるといいなと思っています。万博だからこそできた多くのつながり、世界中に広がったネットワークを生かして、創造性の民主化をさらに進めていきたいと考えています。

古谷
万博でのご経験を社会に還元されるイメージが湧いて、とても共感できました。ありがとうございました!
この記事について

今回の記事は、企業理念ラボのサロンイベント特別編として、万博の見学ツアーを行った際の取材記事です。サロンメンバーの経営者に加え、そのご家族も参加できるイベントとして企画いたしました。一般の方が入ることのできない特別見学も行い、大変充実した会となりました。
<当日のプログラム>
1.ブルーオーシャンドーム 特別見学
サロンメンバーの協力により、特別ルートで見学を実施
2.「いのちの遊び場 クラゲ館」視察
中島さち子さんのアテンドにより、地下・地上階の展示視察
3.クラゲ館VIP茶室「悠楽軒」体験
一般非公開のクラゲ館VIP応接エリア「悠楽軒」での茶室体験
4.ヨルダン館 特別見学
関係者アレンジによる限定ルートで、同館の展示・背景を視察
5.自由行動
参加者それぞれが興味のあるパビリオンや展示を見学
6.懇親会
参加者同士やゲストとの交流を深め、視察で得た気づきを共有
「企業理念ラボ」には、
企業理念の言語化や浸透策の
事例が豊富にございます。
ご関心のある方は
お気軽にお問い合わせください。
大阪・関西万博 テーマ事業プロデューサー
株式会社steAm 代表取締役
中島さち子さん
音楽家、数学研究者、STEAM教育者、メディアアーティスト、内閣府STEM Girls Ambassador。フルブライター、国際数学オリンピック金メダリスト。国や自治体の教育変革や文化に関わる委員会等に多数所属し、実証実験を実施。STEAMの教育に貢献した女性を表彰するクレ・ド・ポー ボーテによるPower of Radiance Awards2025を受賞
会社情報
- 社名
- 株式会社steAm
- 代表者
- 代表取締役 中島 さち子さん
- 本社所在地
- 東京都豊島区高田1丁目14番6号 UNOビル
- 設立
- 2017年9月7日
- 事業内容
- 学校向けワークショップ開発・実証・研究等
企業向けプロフェッショナル人材育成、研究開発支援等
ワークショップ・セミナー・講演・公演の提供
フォーラム・サミット企画・運営
- 会社サイト
- https://steam21.com/